柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

当然ながら金融政策は「全て」ではない

私は黒田東彦日銀総裁の下で始まった量的・質的金融緩和が景気に大きな影響を与えてきたことを評価する立場ですが、金融政策というのは多くの方にとっては縁遠い話題でしょう。金融政策についてお話ししても、大抵はあまり強い反応をいただくことはありません。

ところが、ごく稀ですが、金融緩和に対して強い敵意をもっておられる方に出会うことがあります。「自分の生活が良くならないのは金融緩和のせい」、「改革を先送りする時間稼ぎで将来つけを払わされる」といったご批判をいただくことがあります。そのぐらいの批判はもちろん結構なのですが、中には、私の容姿の罵倒等の感情的な人身攻撃をされる方もいます。どんな事情があるかは知りませんけれども、私も人間ですから、さすがにそういうことをされると悲しい気持ちにならないではいられません。

思うに、金融緩和に強い反発をされる方は金融政策の効果を過大評価されているのではないでしょうか。日銀は重要ですが、決してすべてではありませんし、できることは限られています。消費税増税、コロナ禍と緊急事態宣言等に伴う経済の混乱、ウクライナ戦争に伴う資源高といった大きなショックは、金融緩和とは関係のないショックです。この10年間の皆さんの生活に起きた出来事のすべてが金融緩和とつながっているというのはあり得ない話です。

例えば、この10年間、実質消費は低迷し続け、日本はシェアリングエコノミーなどの最先端の分野で後れを取っていますが、これは金融緩和の副作用でもなければ、金融政策でどうにかできる問題ですらありません。消費の低迷の責任は社会保険料の引き上げが続き、消費税も増税が繰り返されたことによるものです。金融緩和が資産価格を押し上げ、雇用を拡大させたというのに、財政政策が増税で消費を冷まし、足を引っ張ったわけです。今こそ大規模な減税が必要であると私が強調しているゆえんです。

シェアリングエコノミーの規制の撤廃は日本の将来を考える上で極めて重要な課題です。ライドシェアが原則認められていない先進国は日本ぐらいのものです。不合理な規制を早急に撤廃しなければ、日本は途上国にすら追い越されてしまうでしょう。農業等の古くからある産業についても前近代的としか言いようのない規制が未だに残っていますが、日本経済の復活には規制改革を避けて通ることはできません。これも私が普段から強調していることです。

金融緩和のせいで規制改革や減税が先送りされたのだなどという主張をする方もいますが、それでは、アベノミクス以前の日本では、規制改革が大きく進んでいたでしょうか。減税が実施されていたでしょうか。全くそのようなことはなかったというのが答えでしょう。消費税増税を決めたのは民主党政権だったではありませんか。金融政策がどうであれ、不要な規制を撤廃し、規制改革も減税もどんどん進める必要があります。

私は仕事上、日銀の金融政策についてお話しする機会が多いのですけれども、日銀の金融政策以外にも喫緊の課題はもちろんたくさんあるのです。規制改革や減税の必要性を否定しているわけでは全くないですし、私は専門ではないから発言こそしませんけれども、他にも重要な課題はたくさんあるでしょう。金融政策についてお話しするからといってそれ以外の重要性を否定しているととらえられるのは困ります。

「リフレ派は金融政策万能論」といった見方は、完全な誤解です。増税に反対し、規制改革推進を唱えてきた急先鋒はむしろリフレ派でした。岩田規久男先生と八田達夫先生の共著『日本経済再生に痛みはいらない』は2003年の著作ですが、消費減税を含む財政刺激策、2%のインフレ目標の下での金融緩和、都市政策労働市場改革などの大胆な規制改革を総合パッケージとして提案しています。

日銀審議委員を務められた片岡剛士先生の以下の記事は大変参考になります。

「金融緩和は魔法の杖ではない」 片岡剛士・前日銀審議委員 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

片岡先生ご自身のツイッターの解説は以下の通りです。

こうしたご意見に私自身全く同感です。規制改革や減税の代わりを金融政策がやることはできませんが、逆に金融政策の代わりを規制改革や減税がすることもできません。それぞれの政策にはそれぞれに役割があります。これはごく当然の話です。金融政策はすべてではありませんが、できることはありますし、その成果はもちろんあるのです。コロナ禍や度重なる増税にもかかわらず、雇用が400万人以上増えたのは金融緩和の効果なしには考えられません。人手不足で若年世代の正規社員比率も大きく上昇しました*1。金融政策以外の重要さを訴えるあまり、金融政策を全面否定したり、金融政策に全ての責任があるかのような極端な議論をしたりするのは生産的ではないと思います。やるべきことは全てやればよいだけのことです。

*1:労働力調査詳細集計によれば、15~24歳 (うち在学中を除く)の正規社員比率は2012年には男性74%、女性63.6%でしたが、2022年には男性80.1%、女性71.7%へと大きく上昇しています