柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

リーク報道の”正常化”に反対する

前回の投稿でも書きましたが、3月18-19日の日銀金融政策決定会合では、会合前や会合のさなかにリークが疑われるような詳細な政策変更に関する報道が相次いでいました*1。残念なことに、昨日の金融政策決定会合で発表された日銀の方針は正に事前の報道通りの内容でした。明らかに偶然の一致といったレベルではなく情報漏洩を疑うのが当然だと思います。

会合終了後の植田総裁の記者会見ではリークに関して何らかの質問があってしかるべきだと思っていたところ、東洋経済の黒崎記者から「今回、決定会合を前に、まあ、さなかにも政策変更を決めるという報道がありましたが、これは、例えば市場に織り込ませるというような総裁の意図するコミュニケーションでしょうか」という素晴らしい質問がありました*2

ところが、これに対する植田総裁の答えは、「今回、一連の報道が、いつもではありますけれども、会合に先立ってあったという風に認識しておりますけれども、それは全て私共が…〈中略〉…発信した情報をもとに、報道された各社がそれぞれの見方を示されたものという風に理解しております。」という驚くべきものでした。

そうだとすると、日銀の決定と事前の報道との一致はただの偶然なんでしょうか?日経のスクープが決まって深夜2時頃なのは何故でしょうか?マイナス金利解除後も6兆円を目途に長期国債買入れを続ける議案が検討されているという時事通信社の報道や、日経が会合直前や会合1日目の深夜2時に配信したマイナス金利解除やYCC撤廃等の政策変更を詳細に報じたニュースも、偶々、実際の結果とぴたりと一致しただけなんでしょうか?NHKはどうやって「さきほど」提案された議案の内容を知ったのでしょうか*3?こういったニュースは、日銀が「発信した情報をもとに、報道された各社がそれぞれの見方を示されたもの」に過ぎず、日銀の情報管理には何も問題がないんでしょうか?

私は当然、リーク報道や過度な憶測報道への非難があるだろうと期待したのですが、そういったご発言は何もありませんでした。普通に考えて、情報漏洩が疑われる事案が多いですし、日銀として今後の対策に言及すべきだったはずでしょう。「各社の報道が相次ぎましたが、日銀としては議案を特定メディアに事前に漏らすようなことはしておりません」ぐらいは言うべきではなかったのでしょうか。その前の質問に対する回答でもそうでしたが、植田総裁はリーク報道や先走った憶測報道を懸念する様子はなく、むしろ日銀の情報発信を評価しているようにすら見えますが、本当にこれで良いのでしょうか。リークが疑われるような報道はいつものことだから、問題にするに足りない正常なことなのでしょうか?記者も本当ならもっと質問すべきだったでしょう。

ひょっとして、こういう怪しげな報道を助長するのは植田日銀流の「予想に働きかける金融政策」なんでしょうか。まさかさすがにそんなことはないでしょうが、事前に報道された内容と日銀の政策決定は細かい部分まで一致しており、ただの偶然と考えるのは非常に困難です。リークの可能性が強く疑われます。このようなリーク報道が相次ぐ状況は金融政策の信頼に関わる重大な問題です*4

今回の政策決定の是非については私と同意見でない方が多いのはもちろん承知していますが、それはともかくとして、露骨なリークが疑われる報道が相次いだことは政策の評価とは無関係にやはりそれ自体として問題にすべきことではないでしょうか。日銀の政策は素晴らしいのかもしれませんが、だからといってリークが免責されてはならないはずです*5。片岡先生や質問者2さんがご提案されているような情報漏洩を防止する対策をとることが早急に必要だと考えます。日銀の情報管理体制の再構築は急務といえるでしょう。メディアも国会も是非とも日銀の姿勢を問題にし、再発防止策を制定するよう働きかけていただきたいと思います。金融政策は正常化しても良い時期なのかもしれませんが、リーク報道を正常なことにしてはならないはずです。

 

*1:何ともあきれたことに、NHKは2日目の会合中の12時19分に,日銀からは公式に何の発表もないにもかかわらず(というより非公式な発表があってはならない時間帯にもかかわらず)、「日銀は19日、2日目の金融政策決定会合を開いていて、さきほど植田総裁がマイナス金利政策の解除など大規模な金融緩和策の転換についての議案を提案し、議論の取りまとめに入りました。」と報じていました(日銀 植田総裁 マイナス金利政策の解除など提案|NHK 首都圏のニュース)。田中秀臣先生をはじめ、多くの方が既に批判されていますが、NHKは会合の最中にどんな議案が提出されたか、いったいどうやって知ったのでしょうか?これがリークだとしたら大問題です。単なる憶測を断定の形で報じているのだとしたらやはりそれも問題です。いずれにせよ、このような報道は極めて不適切です。

*2:もう少し踏み込んでリークについて質問しても良かったようにも思いますが、こうした質問が出たのは非常に良かったと思います。これは昨年の7月のYCC柔軟化の際にリークが疑われる報道について何の質問も出なかった時と比べれば、ずっとましです(植田総裁に記者が聞くべきだったこと - 柿埜真吾のブログ (hatenablog.com))。

*3:今回の一連のリーク報道については、鈴木亘先生をはじめ、事務方のリークを疑う意見も出ています。確かにNHKの報道に関しては誰か個人のリークというよりも、日銀の報道陣に対する組織的なリークを疑われても仕方ないレベルです。

*4:これは日銀に限らず、官庁とメディアとの関係全般に言えることですが、メディアとの接触が不透明な方法で行われ、特定メディアに事前にリークまがいの情報を流すような悪習が容認されている状況は健全なものとは言えません。特定のリーク元に頼っている記者はどうしても情報元に好意的な記事を書くことになるでしょうし、本来入手できないはずの有利な情報が取れる御用メディアが他のメディアよりも有利になる状況は常識的に言っても健全ではないでしょう。

*5:少なくとも黒田日銀時代には殆どなかったリークが常態化し、植田総裁自身も「いつもではありますが」などと言ってそれを問題にもしないような雰囲気は健全ではないと思います。また、一般論として、そんな組織が正しい決定を下している可能性は低いと思います。