柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

注意:スクープ報道の信頼度

先ほどの記事、思いのほか多くの方に読んでいただき、ちょっと不用意だったなと反省しています…YCC修正は、現時点では「日経がそう言っている」だけです。私自身、修正が絶対にあるという前提で書いたわけではないのですが、その点の強調が不十分でした。真偽が不確かなこの段階で急いで記事を書くべきではなかったかもしれません…投稿は気を付けないといけませんね。誤解を招いた点、お詫び申し上げます。

率直に言って、私自身、昨日まではYCC修正はまずありえないだろうと考えていましたし*1、日経の記事は最近必ずしも当たらないことが多いのも事実です。雨宮前副総裁の総裁就任の予測は典型ですが、他にもあります。

日銀関係者への取材というのはせいぜい日銀OBへの取材程度ではないかな…という気もします*2

ここのところ、金融緩和に批判的なメディアは、願望と事実の区別ができないというか、自分たちと同じことを言っている方に取材して予測を外すことが多い印象があります。6月のYCC修正を予想した記事はかなりありましたがどれも空振りでした。

7月に修正があるという予想にしても、緩和修正があるという先入観で書かれていることが多いように思います。7月は日銀の展望レポートが出ますから、物価の見通しなどは修正されますし、その点では6月修正という初めからありそうになかった予想よりはもっともらしいでしょうが、実際に裏付けがあるかというと、公開情報からは殆どありそうにないように思われます。先ほどのエントリでも書いたとおり、「粘り強く金融緩和を継続していく」と約束しておいて、3か月で緩和修正というのはあまりに一貫性がなさすぎます。常識的に言って、今YCCを修正するとしたらかなり驚きでしょう。

7月修正を予想する記事は、修正があるはずだという予想から、先入観を持って日銀関係者の片言隻句を解釈したものが多すぎるように思います。例えば、よく取り上げられる日経の内田副総裁のインタビューですが、日経は次のような見出しで報じています。

日銀内田副総裁、金利操作修正「市場に配慮」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

物価高・賃上げ、緩和出口へ瀬踏み 内田日銀副総裁 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

見出しだけ見れば、今すぐ修正をすると発言したかのような書きぶりですが、実際の発言を読むと、当面は「YCCを続けていく」ことを明言しています。YCC修正について「金融仲介機能や市場機能に配慮しつつ、いかにうまく金融緩和を続けるかという観点からバランスをとって判断していきたい」という発言があるのは事実ですが、これは修正するとも何とも言っていませんし、7月修正の根拠にはなり得ないでしょう。「2%の物価目標を変えることはない」、「金融引き締めが遅れて2%を超えるインフレを招くリスクよりも、拙速な緩和修正で2%目標の達成の機会を逸してしまうリスクの方が大きいと思っている」とも述べています*3。見出しだけを見ていると、内田副総裁は引き締めを検討していると誤解しそうですが、実際の発言はかなり違っています。日経のスクープ記事もこれと同様の記事ではないか心配になります。

これは何も日経だけの問題ではありません。例えば、6月26日のブルームバーグの記事は次のような見出しですが、これは全くミスリーディングな見出しになっています。

YCCのコスト大きい、早期の見直し検討を-日銀主な意見 - Bloomberg

見出しだけ見ると、「日銀の主な意見」が「YCCのコスト大きい、早期の見直し検討」であるという誤解を招きますが、実際には記事を読むと、「YCCの早期見直しを主張した委員も、金融緩和自体に関しては「2%の持続的・安定的な物価上昇の実現の可能性が高まりつつあるが、待つことのコストは大きくないため、当面継続すべきである」と語った」ことがわかりますし、緩和継続が重要という指摘が大多数だったこともさりげなく書いてあります。しかし、大多数の人は見出しだけ読んで、金融引き締めが近いと判断するでしょう。これは極めてミスリーディングな見出しですし、印象操作といわれても仕方ないでしょう。

実際に日銀の公表している「金融政策決定会合における主な意見」をみると、「金融政策運営に関する意見 」としては15の意見が挙げられており、うち、3つは多角的レビューに関する意見で中立的なものですから除くとすると、政策について論じているものは12個です。このうち、YCCのコストや見直し論を主張しているのはたった2つ*4に過ぎません。このほか、YCC慎重派と何とか分類できるかもしれないものは1つだけです*5。このほか、イールドカーブ・コントロールではなく、インフレのリスクや副作用に触れたものが2つ*6ありますが、YCCには触れていません。

残りの7つは現行の緩和継続を支持するもので、例えば、以下のような意見です。

「先行きの物価見通しなどを踏まえると、現在の金融緩和を継続することが適当である。」
「中小企業の多くは、価格転嫁継続や輸出拡大等により、賃上げや投資への意欲を高めつつあり、これに水を差すような政策修正は時期尚早である。」
イールドカーブの歪みの解消が進んだほか、市場機能に改善もみられており、イールドカーブ・コントロールの運用を見直す必要はないと考える。」

「市場の機能度をみると、国内の社債市場については、改善傾向にある。例えば、エネルギー関連企業の社債の取引利回りは低下傾向にあり、投資家需要の回復に伴い、起債環境も改善している。」*7

YCC慎重派の意見は後ろの方に書かれているもので、偏見なく読めば、圧倒的に目立つのは緩和推進派の意見です。実際、6月の金融政策決定会合では、緩和継続が決まったのですから当たり前です。主な意見の大多数は緩和推進なのは明らかです。

ところが、ブルームバーグの記事は反対派がいたということでここだけ殊更に取り上げているわけです。そもそも、YCCへの慎重意見は黒田総裁時代から1~2個掲載されていますし、4月の会合でも慎重意見がありました。実は取り上げる価値のあるようなニュースではないというのが本当のところです*8。要するに、金融緩和反対派のメディアの記事には先入観が強すぎ、信頼しがたい部分が少なくないということです。この点は注意が必要です。

さて、そう言っている間にも間もなく答え合わせの時間です。

7/28 14:00追記:日経の記事は今回は極めて正確だったことがわかりました。私の見立てが正しくなかったことをお詫びします。それにしても、行間を読み解くという作業だけから(内部情報を持たずに)7月YCC修正を読み取るのはかなり困難であったのは確かです。これらの報道が正しかったのは結果的にそうだったのか、それとも、何らかの情報を得ていたからなのか(多分後者でしょうが)は今後検証すべきですし興味深い問題です。

*1:7/28 14:00追記:日銀執行部のこれまでの発言からはそうとしか考えられないと思うのですが、日銀はそうは考えなかったようです!

*2:7/28 14:00追記:残念ながら日経報道は正しかったことがわかりました。

*3:記事では「急な円安望ましくない」という発言を小見出しで強調していますが、これは「急速かつ一方的な円安」は望ましくないので、為替の動きは注視するという政府関係者の決まり文句を言っているだけで、特筆するような内容ではありません。

*4:「債券市場の機能度は、一頃に比べれば改善したが、水準としては依然低い状態にある。」、「2%の持続的・安定的な物価上昇」の実現の可能性が高まりつつあるが、金融緩和全体については、待つことのコストは大きくないため、当面継続すべきである。ただし、そのツールであるイールドカーブ・コントロールについては、将来の出口局面における急激な金利変動の回避、市場機能の改善、市場との対話の円滑化といった点を勘案すると、コストが大きい。早い段階で、その扱いの見直しを検討すべきである。」

*5:足もとの物価の強さによって中長期のインフレ予想に大きな変化が生じている証拠はないが、イールドカーブ・コントロールの運営との関係でも重要な要素であり、今後の展開に注目している。」

*6:「物価の先行きの不確実性は高まっているが、中期的な下方リスクは依然大きいと考えられる。副作用に留意しつつ、金融緩和を続けることが適切である。」、「拙速な政策転換によって目標達成の機会を逃すリスクは大きく、引き続き、粘り強く金融緩和を続けることが重要である。ただし、欧米のように、わが国も物価上昇の持続性を過小評価している可能性も否定できないため、十分に注意する必要がある。 」

*7:このほか、次のような意見があります。「2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現するためには、コスト・プッシュによる物価上昇ではなく、賃金上昇を伴う物価上昇が必要である。」、「 企業の賃金・価格設定行動など、ようやく訪れた日本経済の変化の芽を、金融緩和を継続することで、大切に育てていくべきである。」、「本年の春季労使交渉では約 30 年振りの賃上げ率となっている。2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現するためには、現在の金融緩和の継続を通じて、こうした賃上げのモメンタムを支え続けることが重要である。」

*8:ブルームバーグの記事は、「YCC見直しに関しては、4月会合でも「円滑な金融を阻害している面も大きいと感じており、見直しを検討してもよい状況にある」と表明した委員がいたことが議事要旨で明らかになっている。同じ委員の可能性があるが、見直しに向けたトーンを強めており、今後は政策委員会でこうした意見に広がりが出てくるかが注目される」と書かれていますが、3月にも「12 月の会合以降、数々の措置を講じ、一定の効果が出てきた面はあるが、市場機能の根本的な改善には至っていない。」とか「 社債市場では発行スプレッドの拡大は一服しているが、国債市場の機能度低下の影響は引き続き残っており、注視が必要である」と述べた委員がいました。金融緩和に不満を言い続けている人物が植田総裁や新執行部のメンバーだとは考えにくいように思います。