柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

バイデン大統領の発言

ゴールデンウィークですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。バイデン大統領の発言をきっかけに、移民をめぐる議論が盛り上がっていますね。

内輪の支持者の前の発言とはいえ、外国人嫌いの国の一つとして同盟国である日本をわざわざあげなくてもよかったのではないかというのは普通の感想でしょう。バイデン大統領は自国の移民受け入れの伝統を讃えるのに、外国をけなす必要はありませんでした。日本は最近移民の受け入れを少しずつ増やしていますし、当然ですが外国人嫌いでない人も大勢います(それに、もちろんですが、米国にも外国人嫌いや様々な差別があります)。日本に対して偏見を持った発言は控えてほしかったと思います。NBCなどの米国の報道も同様の指摘をしており、バイデン大統領の発言には批判的です*1

とはいえ、右翼の皆さんのこのニュースへの反応を見ると、「日本人は外国人嫌いだというのは全くその通りなのではないか」と思われてしまうようなひどい反応が多く、呆れてしまいます*2。多くの方は「日本人は外国人嫌いではない」と反論しているわけではなく、「***だから外国人が嫌いだ!」と叫んでいるだけに見えます。どうやら、彼らは日本人についてバイデン大統領の意見と同意見のようですね。

中には、バイデン大統領の発言を「内政干渉」などと反発しておられる方もいますが、バイデン大統領の発言をよく読めば、日本に「移民を受け入れろ」とか「外国人嫌いはよくないのでやめるべきだ」などとは言っていません。単に、移民を望まない方々が多いので日本は停滞しているという客観的な判断を述べているだけです。日本への言及は、ロシアや中国、インドなどと並べたついでの言及にすぎません。バイデン大統領は米国経済の強さは移民受け入れのためであることを強調するために*3、ついでに日本にも触れただけです。日本が移民政策をどうするかはバイデン大統領にはそもそも大して関心のない問題です。当人が言ってもいないことに憶測で過剰反応したり、いちいちヒステリックに叫ばなくてもよいのではないでしょうか。「そんなに外国人が嫌いなのか」と思われてしまいますよ。

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ちょうど話題になっているテーマですし、今はゴールデンウィーク中でせっかく読書の季節ですから、移民をめぐる議論をする際に押さえておきたいおすすめの経済学の啓蒙書を何冊かご紹介したいと思います。移民への賛否はあっても、少なくとも、こうした議論に目を通してから批判すべきでしょう。

ベンジャミン・パウエル編(2016)『移民の経済学』, 藪下 史郎[他]訳,東洋経済新報社

一般的な経済学の見地からは、自由貿易と同様、移民は受け入れ国にも送り出し国にも大きなメリットをもたらす政策であると考えられます。モノの貿易には賛成しながら人の移動には反対する理由は乏しいでしょう。本書に限らず、多くの経済学の実証研究は移民で犯罪が増える、国が貧しくなるといった主張は実証的根拠が乏しいことを指摘しています。移民と犯罪の関係については怪しげな伝聞やエピソード、まして単なる印象ではなく、データに基づく客観的な議論をすべきです。

友原章典(2020)『移民の経済学-雇用、経済成長から治安まで、日本は変わるか』中公新書 

パウエル編(2016)と比較すると、移民の経済的利益に対してはやや慎重な立場ですが、やはり移民による犯罪増加といった議論には証拠が乏しくむしろ空き家率の低下などを通じ犯罪を減らすことを指摘しています。移民をめぐる多くの懸念は誇張されていることを指摘している点では同じです。

フランク・カプラン, ザック・ウェイナースミス (2022)『国境を開こう!』御立英史訳,あけび書房

カプランは著名なリバタリアン経済学者でジョージメイスン大学教授ですが、この本はもっと知られてよい本です。この本は一般向けですが、注釈にはきちんともとになる先行研究を紹介しており、学術的にもしっかりした本です。移民問題への経済学的、哲学的な分析はエキサイティングで素晴らしいものです。米国を中心にした内容ですが、日本にも多くは当てはまる議論です*4

移民をめぐっては感情的な議論が起きがちですが、偏見をもたずに冷静な議論を心掛けたいものです。

*1:Biden calls U.S. ally Japan 'xenophobic,' along with China and Russia (nbcnews.com)

*2:まあ、彼らはネットでは存在感が大きくても、実際はごく少数派の人たちだと思いますが…

*3:バイデン大統領は移民が米国の利益になっていると言っているのです。実際、それは根拠がある話でしょう(例えば、以下の記事をご覧ください。The Jobs Numbers Aren’t Adding Up. Immigration Helps Explain Why. - WSJ 米国経済予想外の堅調の背景に移民の急増|2024年 | 木内登英のGlobal Economy & Policy Insight | 野村総合研究所(NRI)

*4:もちろん、こういった知見を前にしても、そのほかの理由から移民に反対するという立場はありうるでしょうが、少なくとも移民に関する客観的事実や賛成派の議論をきちんと理解してから反対するべきでしょう。