柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

ベネズエラの21世紀の帝国主義

社会主義者は、資本家が戦争を起こすという陰謀論を唱えることが少なくありません。極左政治学者によれば、イラク戦争をはじめとする米国の中東への介入も石油支配を目的とした戦争であるそうです。

もしそうした説明が本当なら、戦争は資本主義の産物で、社会主義国は平和を愛し、戦争をしない国だということになるでしょう。現実はどうでしょうか。現代の世界で領土を拡張しようとしていたり近隣の国に脅威を与えている国は殆どが社会主義国か旧社会主義国です。自発的で互恵的な取引を基本とする資本主義は社会主義より遥かに平和的なシステムです。

12月3日、ベネズエラガイアナの国土の75%の面積を占めるエセキボ地域の併合の賛否を問う国民投票を実施しました。ベネズエラ独裁国家なので、その投票の真偽など全くわかりませんが*1ベネズエラ政府は95%以上が賛成だったと主張しています。

隣国の7割が「自国領」 ベネズエラ、ガイアナと対立―南米:時事ドットコム (jiji.com)

記事にもある通り、ガイアナは2015年に豊かな油田が発見されており、所得水準が大きく上昇している国ですが、ベネズエラガイアナの領土の領有を強く主張し始めたのは油田の発見後です。今回の投票はガイアナへの軍事侵攻の準備である可能性があります。既にベネズエラは国境に軍隊を集結させており、緊張が高まっています。

今こそ石油陰謀論者の出番ではないでしょうか?チョムスキーやクライン、フィンケルスタインといった何でも米国帝国主義のせいにしてきた反米左派の知識人はきっと大いに反対してくれるのでしょう(今のところ大変静かなので不安になりますが)。まさか帝国主義を支持しないはずだと思いたいところです*2

ベネズエラはかつては南米の中で最も豊かな民主主義国でしたが、「21世紀の社会主義」を掲げるチャベス前大統領とマドゥロ大統領の下で社会主義化を進めた結果、経済が破綻し、今では極度の貧困に喘ぐ独裁国家になっています。

本来なら原油の埋蔵量で世界一のベネズエラが17位のガイアナを羨む理由などありません*3。2022年時点のベネズエラの石油推定埋蔵量は 2984億バレルであるのに対し、ガイアナの石油推定埋蔵量は僅か110億バレルに過ぎません。

ところが、ベネズエラは油田を国営化し、国営化した石油会社の杜撰な経営と反米外交の結果、2022年の原油生産量は2000年代の2割程度に落ち込んでいます。これに対してガイアナエクソンモービルと組んで油田開発に成功し、近年は急激に発展し、ガイアナ経済の実質GDPは油田採掘がはじまってから現在までに4倍近くに膨張しています*4ガイアナは極めて小さな国ですが、経済破綻に喘ぐベネズエラにとってはガイアナの資源は魅力的に映るのでしょう。急に豊かになった隣国は全体主義国にとっては格好の標的です。

社会主義を支持する左派の方は国粋主義や人種差別に強く反対する人たちが殆どですが、歴史的には、どの国であれ、社会主義国は例外なく国粋主義で自国中心主義になっています。これは決して偶然ではありません。社会主義経済により経済が停滞すれば、過激な右派が台頭するのは当然です。政府は国民の不満をそらすため、内部の敵や外部の敵を探して攻撃しようとするでしょう。

マルクス主義者のように、階級闘争史観で物事を見ていれば尚更です。彼らは「労働者の祖国である我が国を滅ぼそうとする国際ユダヤ資本と米国の陰謀」だとか「米国帝国主義に奉仕するトロツキスト=チトー主義者=シオニストの活動」*5とかいったバカバカしい荒唐無稽な陰謀をいたるところに見つけることでしょう。国営メディアは自国礼賛のプロパガンダを流し、批判的な言論は資本家階級の陰謀の一環とみなされ、排斥されるでしょう。結局、極左は回り道を通って、彼らが最も嫌っているはずの盲目的愛国主義の極右に合流することになります。かつてクラインのような左派知識人はチャベスの「21世紀の社会主義」を絶賛していたわけですが、「21世紀の社会主義」の必然的帰結は「21世紀の帝国主義」なのです。

*1:実際、投票の信ぴょう性を疑問視する声が出ています。ガイアナ大統領「恐れることは何もない」領内の一部の領有主張するベネズエラに猛反発 (tv-asahi.co.jp)

*2:イスラエルには大いに問題がありますが、ロシアのウクライナ侵略に微温的な反応しかせず、ひどい場合には正当化してさえいた人たちが、イスラエルハマスの話になると急に良心が目覚めるのは実に不思議です。例えば、イスラエル軍による病院の攻撃は厳しい非難に値するというのは全く同感です。ですが、今、イスラエルを糾弾している知識人はロシアやサウジアラビアが病院を空爆したとき何か言っていたでしょうか。

もちろん、両方とも非難しているきちんとした専門家の方はおられますし、まっとうな人権団体はそうしています(私はそうした本当の専門家、人権の擁護者を尊敬していますし信頼しています)。

しかし、単に反米、反ユダヤ主義で自分の都合の良い時だけそうしている人がいるというのもまた明らかです。彼らが稀に正しいことを言うとしても、そんな発言を拡散すべきではないでしょうし、彼らの発言をまじめに受け取るべきではありません。彼らは人道主義者なのではなく、単に都合がよい事実を自分の目的に利用しているだけです。

例えば、移民排斥を唱え、暴力を正当化している人種差別主義者が移民の起こした事件について正しい情報を書くことはあるかもしれません。しかし、それが「正しい情報だから」という理由で拡散するのは賢明でしょうか?それは言外の意味を持たないでしょうか。私がフィンケルスタインの発言を拡散するのに反対なのは、彼が正に文字通りテロリストの支持者だからです。

*3:ちなみに、2位はサウジアラビア(2683億バレル)、3位はカナダ(1710億バレル)です。

*4:IMFの推計によれば、ガイアナの実質GDP成長率は油田採掘が本格化した2020年以降は2桁で、昨年の成長率は62%、今年の成長率は37%に達すると予想されています。2019年のガイアナの一人当たり実質GDP(購買力平価2017年ドル)は1万3052ドルと途上国の水準でしたが、2023年には4万9473ドルに達すると予想され、4万2263ドルの日本を超えています。小国の産油国の一人当たり実質GDPは実際の現地の生活水準の計測にはあまり宛てにならない指標なので慎重に見る必要がありますが、ガイアナが劇的に成長しているのは事実です。

*5:お互いに相いれないものをごった煮にした完全に荒唐無稽な概念ですが、チェコスロバキア共産党のスランスキー書記長はこの名目で有罪とされ処刑されました。