「永住許可に関するガイドライン」の一部改正に関する意見書
今回示された「永住許可に関するガイドライン」の改定案は問題が多く廃案にするのが妥当と考えます。新たに示された独立生計要件の解釈は、出入国管理及び難民認定法の正常な法解釈から逸脱しており裁量権の範囲を超えるものであることから、憲法に違反している可能性が高いと考えます。10月のガイドラインを4月申請者に遡及して適用する措置は法の支配に反し信義則を裏切るものです。経済的合理性を欠いた不合理な条件はかえって外国人の日本社会への統合を妨げ、経済的にも損失が大きいことから、提案されている変更は好ましいものではありません。
(1)行政裁量の範囲を逸脱した条件変更は認められない
出入国管理及び難民認定法第二十二条第二項は、永住許可申請を許可する条件として「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」を挙げていますが、今回のガイドラインの改正案は「独立の生計を営むに足りる資産又は技能」の解釈として著しく無理があります。
ガイドライン改正案は、独立生計要件について、「申請者のこれまでの在留状況、申請時点での収入、将来において見込まれる収入、申請者の有する資産及び技能等に照らし、本邦において、公共の負担となるおそれがなく、かつ、将来においても生計を維持して安定した生活を営むことができると見込まれること」であると説明していますが、その解釈は極めて非現実的で、極端に厳しいものです。
まず、「申請時点で、申請者の属する世帯年収の額が、世帯人数に応じた日本人世帯の平均収入を上回る水準」であることを要求していますが、これは不当に厳しい基準です。在留資格を満たし継続して就業して独立した生計を持っているのであれば独立生計要件は満たされていると考えるのが自然でしょう。平均以下の収入の日本人世帯でも大半が「公共の負担となるおそれがなく、かつ、将来においても生計を維持して安定した生活を営むことができる」ことは言うまでもありませんし、外国人であっても同様なはずです。
そもそも平均は外れ値に引っ張られるため一部の高所得世帯の影響で数字は大きく引き上げられています。例えば、国民生活基礎調査によれば、平均所得金額は575万2千円ですが(中央値は 451万円)、日本人世帯の61.5%の世帯が平均以下です*1。日本人世帯の6割以上が満たすことができない基準を要求するのはあまりにも不合理です。日本人世帯の6割以上は「現在及び将来において自活可能」ではないのでしょうか。
ガイドライン案は、「申請者と同一世帯を構成する者が、申請者を扶養者とする「家族滞在」の在留資格をもって在留する者である場合など、就労を目的とした在留資格…(中略)…ではない在留資格をもって在留している者である場合には、その者は、資格外活動許可を受けて、例外的・限定的に収入を得ることができるに過ぎず、このような収入を世帯年収に算入することは適当ではないため、このような在留資格をもって在留する者の収入の額は、申請者の属する世帯の世帯年収の額に合算する対象とはなりません」としていますが、就労を目的とした在留資格以外の外国人が「例外的・限定的に収入を得ることができるに過ぎず、このような収入を世帯年収に算入することは適当ではない」という主張は実態から乖離しています。留学や家族滞在等の就労以外の資格で来日した外国人の多くは資格外活動許可(特に週28時間以内の就労が可能な包括許可) を取得していますし、この許可は容易に取得・更新可能です。例えば2025年度の全国平均最低賃金1121円で週28時間労働した場合、年間で約150万円の年収を得ることができますが、これは家計にとっては小さくない収入です。2025年時点で資格外活動に従事した総数は約46万5千人にもなります*2。単純計算では、留学の資格の場合は78%、家族滞在の場合は27%が就労していることになります。家族滞在者のうち子供を除いた場合は半分程度が就労していると考えられます。実態として家族収入は「例外的・限定的」と全く言えない性質のものであり、家計の収入に入れて考えるのが当然です。課税等の際には世帯収入として考慮されているのですから、審査の際に恣意的に収入から除くのは正当化不可能です。
さらに問題なのは(3)年金に関する項目です。ガイドライン案には、「…将来において受給可能な年金の見込額…が、上記第2の4(2)の日本人世帯の平均収入を上回る年収水準で30年間働き、その期間、厚生年金に加入していた場合において将来受給可能な年金の見込額…に達しているかを考慮」し、「受給見込額が受給年金水準に達しない場合であっても、申請時点において、受給年金水準に不足する生活資金を補填可能な金融資産…を有すると認められるときは、受給見込額が受給年金水準の額に達しているものと評価」とありますが、これは極端に高いハードルです。日本人でもこの条件を満たせるのはごくわずかです。
このような条件は明らかに「独立の生計を営むに足りる資産又は技能」をもつという条件の解釈として過剰です。これは、若年層での永住権取得をほぼ不可能にする条件ですし、クリエイター等の正社員の働き方以外で働く外国人に対して事実上、永住許可の道を閉ざすものです。日本を愛する外国人に対する裏切り行為に等しいと考えますし、強く再考を求めます。年金はあくまで「考慮」されるだけであるようですが、どの程度考慮されるのか明確な基準がなく、恣意的運用が懸念されます。条文上はあくまで、資産「又は」技能が要求されているだけであり、収入と年金額双方(どちらも「独立の生計を営むに足りる」水準をはるかに超えていますが)を満たすことを基準にするのは過剰な解釈です。このような解釈は行政の裁量権の範囲を完全に逸脱しています。国会での立法の意図を超えた行政による立法行為に等しく、憲法に違反する可能性も高いと考えます。国会議決を得ずにこのような大幅な運用の変更を行うことは我が国の法の支配の根幹を揺るがすものです。
(2)国益要件は曖昧で乱用の恐れがあるため削除ないし明確化を求める
ガイドライン改定案は、永住許可の国益要件として、「その者の永住が日本国の利益に合するかを考慮するための観点としては、出入国在留管理を取り巻く国際環境、日本人口の動向、産業界の人材需給の状況、外国人の受け入れが日本社会に与える影響、家族単位での在留の安定などの様々なものがあり得ます」と述べ、「国益要件にいう国益に合するものと認められるためには、単に国益に反しないという消極的なものにとどまらず、積極的かつ具体的に当該外国人の永住が日本国に利益をもたらす必要があります」などと述べていますが、これらはいずれも曖昧かつ理解しがたい書き方で書かれています。解釈の余地が極めて広くなんとでもいえる要件はそもそも要件という名に値しないものです。これでは申請者も困惑するしかないでしょう。恣意的な運用が懸念され、不透明性が高すぎます。安全保障上の理由などで排除する必要があるケースがあるのであれば明確に定めるべきであり、乱用の恐れが高い曖昧な書き方をすべきではありません。この要件は削除するか、明確にするかどちらかが必要です。
(3)経済学的観点から永住許可厳格化は逆効果である
ガイドライン改定案も述べるように、「永住者」の在留資格は、在留活動及び在留期間の制限のない最も安定した法的地位です。永住権の取得には、その他の在留資格では不可能な就労制限がない自由な就労形態を選択可能になることや就職・転職、結婚、不動産契約、銀行の融資契約などの審査に通りやすくなること等の大きなメリットがあります。永住権を持たない場合、たとえ優れた技能を持っていても、就労形態や労働時間等で柔軟性がなく、企業や本人の希望とミスマッチが生まれてしまう場合もあり、経済的貢献も限定されることになってしまいます。我が国の国益を言うのであれば、外国人労働者が合理的条件を満たせば永住権を速やかに取得でき、自身の能力を十全に発揮することこそ日本の国益にかないます。永住許可厳格化はむしろ国益に反するものです。
厳格な永住権取得要件を課した場合の効果は諸外国ですでに分析がありますが、社会的統合を阻害し、就労面や福祉面でもマイナスの効果をもたらす可能性が指摘されています。例えば、難民の永住権取得条件を厳格化した2007年のデンマークの移民政策を分析した研究によれば、居住期間、就労経験、語学レベルについて従来よりも高い水準を要求する厳格化を実施したところ、語学レベルは変化せず、就労は大きく減少したことがわかっています*3。これは、永住許可の厳格化により、永住権を取得する可能性が低いと判断した労働者が職業訓練などスキルへの投資の意欲を失ってしまったことによるものです。
外国人労働者の入国時の法的地位の不安定さは雇用の安定性に長期的に悪影響を及ぼすことを指摘する研究もあります。法的地位が不安定な外国人労働者は最終的により安定的な法的地位に移行した場合でも、入国時から安定した法的地位を得ることができた外国人労働者に比べ、収入も低く不安定な雇用状態になりがちです*4。永住権取得を困難にすることは外国人労働者の法的地位を不安定化させ、経済活動に制約を加えてしまうことで、むしろ全体としては公的負担を増やす可能性が否定できません。
人権の側面からはもちろん、速やかな社会的統合と外国人労働者の経済的貢献を最大化するためにも永住許可申請を厳格化すべきではなく、むしろ透明性が高く迅速な許可が望ましいと考えられます。これはかつて第二次安倍政権の成長戦略が目指していた方向性とも合致します。安倍元首相は、一定の条件を満たせば、日本は世界最速級のスピードで永住権を獲得することができる国にすることを表明しておられました*5。
永住許可取得を目指し努力する外国人労働者は日本語学習、就労のスキルアップに自ら取り組み、日本社会への適応に熱心な我が国にとって本来、大いに歓迎すべき人材であるはずです。我が国では起業やイノベーションの少なさが課題ですが、移民が起業、イノベーションを活発にすることはよく知られた事実です。米国の州別パネルデータを用いた実証研究によれば移民の大学卒業生の割合が1%上昇すると一人当たり特許数は9~18%増えると推計されています*6。少子高齢化と経済停滞に悩む我が国にとって永住権を持ち自由な経済活動が可能な外国人材がもたらす恩恵は小さくないと考えられます。拙速なガイドラインの改定は将来に禍根を残すと考えます。
(4)遡及適用は法の支配に反し中止すべきである
永住申請の許可に関する法務大臣の権限について、出入国在留管理庁は、「その性質上、その裁量権の範囲は極めて広範なもの」と説明していますが、4月以降に申請した申請者の審査に、8月に発表され10月時点で施行される予定の運用ガイドラインを適用するのは、長年にわたり永住許可申請のために努力を重ね、申請書類を時間をかけて誠実に作成した申請者を愚弄するものであり、我が国の信用を著しく傷つけるものです。
これは信義則に反し、法の支配の原則にも矛盾する措置です。永住権許可が「その権利に基づかずに一定の利益を付与する性格を有する」からといって、基準を恣意的に変更することが自由に許されるわけではありません。申請時点の永住許可申請者が合理的に期待し、予想可能であったはずのない基準を使うことは、憲法第13条や法の不遡及を定めた憲法31条の精神に反し違憲である疑いがあると考えます。
これがたとえ形式的には合法であるとしても、それが社会的な信頼を裏切る行為であることには議論の余地がありませんし、外国人労働者のインセンティブに与える影響という経済的観点からも重大な影響が予想されます。
ガイドライン案には「在留中の活動の内容や在留期間に制限のない「永住者」の在留資格をもって在留できることは、我が国の発展に貢献することが期待できる外国人材を呼び込むためのインセンティブとして位置付けることができ」るとありますが、今回のガイドラインの改定はまさにそうした日本を目指す外国人材の意欲を著しく削ぐものです。
今回のガイドラインの永住資格の基準を満たすことができると予想されるような高所得の人材も、このままガイドラインが改定されるなら、今後は日本を避けることになるでしょう。なぜなら、たとえ彼らが現時点で新たな基準を容易に満たすことができるとしても、将来の時点で日本政府がまた新たな基準を出し、一度した約束を破ることは容易に予想できるからです。過去にさかのぼって後出しでつくった基準を遡及して適用するような国は高度人材が好んで来たい国ではないでしょう。日本の一人当たり実質GDPは先進国では下位の国に属しています。ましてこのような恣意的な変更が可能であるならばわざわざ日本を選ぶメリットは存在しないというほかありません。国際的な人材獲得競争における外国人材の獲得において我が国は大きく後れを取ることになるでしょう。新基準の遡及適用といった恣意的措置は絶対に避けるべきです。