柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

極右陰謀論お断り

内閣府の再エネタスクフォースの大林ミカ氏の資料に中国の国営企業である中国国家電網のロゴが見つかった問題が白熱した議論を呼んでいます。私自身、再エネ政策には批判的で、市場を歪める再エネ買取制度は廃止すべきというのは常々言ってきたところですから再エネ政策の見直しの機運が高まるのは結構なことですが、根拠薄弱な陰謀論や誹謗中傷には反対です。

大林氏を中国の「工作員」であるなどと罵っている方がいますが、このような重大な非難にはそれ相応の証拠が必要です*1。こんな当たり前のことを言う必要があるとは思えませんが、中国企業と関係があるとか交流がある人は「工作員」とイコールではありませんし、親中派なら工作員というのも論外です*2中国企業の資料を使用⇒中国政府とつながっている⇒中国の工作員というのは論理的に飛躍し過ぎで滅茶苦茶です*3。中国の軍事的脅威に注意を払うのは当然ですが、雑な陰謀論はやめた方がよいでしょう。

ここで挙げられている地方公務員を名乗る人物のXのポストは、現在、アカウントごと削除されています。ネット上で誰ともわからない地方公務員を名乗る人物が入手したと称する情報を鵜呑みにしてはいけません。この問題のアカウントは匿名ですし、なんでも外国人のせいにする典型的な排外主義者の言説を書いているだけに見えます。常識的に言って、その主張の信憑性は極めて低いでしょう。もし仮に事実なら、この人物は公務員という自分の地位を利用して勝手に個人情報を調べて公開したわけですから法に則って処罰されるべきなのは当然です*4

仮に大林氏が外国籍だとして(そう信じる理由は怪しい自称公務員の投稿の他には何もありませんが)、政府の有識者会議に外国籍の方が提言してはいけないという規則はありませんし、過去にも例があります。場合によっては、外国企業や外国人の意見を聞く必要がある場合もあります。国籍それ自体は別に何ら問題ではありません。それに、仮に国籍が不明であるとして(繰り返しになりますが、これは怪情報をもとにした勝手な憶測で根拠薄弱です)、彼女が中国国籍だと主張する根拠がどこにあるでしょうか*5。不確かな根拠で大林氏の名前が通名や偽名かもしれないなどと騒ぐのは、排外主義の極右団体とやっていることが何も変わらないでしょう。

大林氏が高卒かもしれない点を盛んに攻撃する方々がいますが*6、高卒と断定する根拠は明確ではありません。自然エネルギー財団の大林氏の経歴には大学名が記されていませんが、略歴の書き方はかなり自由で、人によって違っています。大学名が記載されていないスタッフは他にもいます*7。大林氏のインタビュー記事*8等にも大学に言及がないのは事実ですが、インタビューは履歴書ではありません。「大学に言及がない」から「大学を出ていない」と断定するのは話が飛躍しています。大卒でない可能性はもちろんあると思いますが、高卒だと断定する根拠はないでしょう。

それに、そもそも高卒だとしたらだからどうだというのでしょうか。高卒だと政府に意見を言う資格はないんでしょうか?略歴によると、大林氏は2017年に国際太陽エネルギー学会(ISES)*9よりグローバル・リーダーシップ賞を受賞を受賞しています。大林氏には(それが実際どの程度の実績かは別にしても形式上は)海外での活躍を含むそれらしい職歴があり、英文の講演論説もあります。少なくとも、大林氏が何の業績もない人物だというのは誇張でしょう*10。他人を批判する際に議論の中身でなく学歴や権威を持ち出す方は、見ていてうんざりします。こういった攻撃の仕方は外国籍の方や高卒の方に対する差別を煽るものであり不必要かつ極めて有害です。

なお、大林氏の写真*11に中国の朱鎔基元首相の写真が写っているという情報も流れていますが*12、これは荒唐無稽なデマでしょう。実際に問題の写真をご覧いただければすぐわかりますが、大林氏の写真に写りこんでいる男性の写真は小さく不鮮明で、誰の顔か判定しようがありません。朱鎔基の顔だと自信満々に断言されている方々は一体何を根拠にされているのか不思議でなりません。これはまさに根も葉もないネットの陰謀論の典型ではないでしょうか。

残念なことに、言論サイト「アゴラ」の編集部は、大林氏についてネットの怪情報を真に受けて「なぜか事務所には中国の朱鎔基元首相の額が」ある*13と報じ、以下のような匿名のポストを肯定的に引用しています。

一般には、そういう定義はしません。アゴラのこの記事の主張は陰謀論極右の言説そのもので、真面目な言論サイトの掲載すべき主張とは思えません。アゴラは優れた論説も多いサイトなのに、極めて残念です*14

もちろん、こう書くからと言って、大林氏や再エネタスクフォースに全く問題がないと言いたいわけではありません。陰謀論に与せずに再エネタスクフォースの位置づけの曖昧さや大林氏の選任プロセスについて妥当な批判をされている方はいらっしゃいます。今回の騒動があろうとなかろうと、有識者会議の人選や再生エネルギー政策を見直すのは妥当だと思いますが、荒唐無稽な陰謀論に流されないようにする必要がありますし、差別的主張には断固反対すべきです。

繰り返しになりますが、私は温暖化対策で再エネ推進に巨額の経費をかけることは資源の浪費と考えますし、電力供給を不安定にする再エネ買取制度は終了すべきだと強く主張しています。大林氏の主張に全く共感するところはありません。ですが、出鱈目な陰謀論や誹謗中傷で自分の主張を有利に進めようとするような人たちと一緒になる気は全くありません。他人を「工作員」などという強い言葉で非難をするならそれ相応の動かぬ証拠が必要です。お手軽なネット検索で”状況証拠”*15を集め、”真実”を知った気になって他人を中傷するのは論外です。

 

4/12追記:大林ミカ氏の背後に中国の朱鎔基元首相の写真が飾ってある写真について、4月8日、自然エネルギー財団から次のような発表がありました。

「ネット上で、大林事業局長の背後に中国の朱鎔基首相の写真が飾ってある写真が取り沙汰されていますが、この写真は、日本記者クラブの喫茶室で共同通信により撮影されたものです。喫茶室には、過去に記者クラブで講演した多くの首相たちの写真が飾られています」*16

この写真の撮影者である井田徹治氏は、次のように投稿しています。

「朱鎔基・元首相の写真は、写真を撮影した日本記者クラブで同氏が講演したことを紹介するために同記者クラブが撮影、掲示しているもので大林さんとは一切、関係がありません。この事実に反する誤った情報が流布されているものも目にします。これも早めに削除されることをお勧めします。」*17

これでこの話は決着がついたといえるでしょう。この投稿で、私は一部の極右が写真を理由に大林氏を工作員などと攻撃している件について、デマである可能性が高いとしました。ただし、写真については不鮮明で朱鎔基氏のものではない可能性があると主張しましたが、結果的にこれは誤りでした。読者の皆さんにお詫びします。一応、記録のため、この記事は削除せず残しておきます。デマに飛びつかないように、という本稿の趣旨は変わりません。

また、自然エネルギー財団は、大林氏の国籍については次のように述べています。

「大林事業局長に関し、SNSの一部で全く事実と異なる情報が流されていますので、以下に履歴を明記しておきます(主な内容は財団のスタッフ紹介ページに記載されており、また国には証明書含め提出し 既に説明済みです)。同氏は、大分県中津市生まれの日本人であり、国籍も日本です。「大林ミカ」は本名(戸籍名)であり、カタカナ表記の「ミカ」も本名です」*18

池田信夫氏をはじめ、こうした記事や投稿を速やかに訂正される気がない方々は当然ですが訴訟を受けて立つ覚悟があるのでしょうね。

*1:評論家の池田信夫氏は、なぜ自然エネ財団の大林ミカ氏は中国の国家電網の資料を使ったのか | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)という論説で、ロゴが入った理由を、1「自然エネ財団に中国の工作員が入り込んでいる」、2「大林氏自身が工作員である」、3「国家電網が自然エネ財団の資料を作成した」の3つの可能性があるとしています。何の根拠も示さずに1や2を疑うのはあまりに乱暴です。加えて、以下のような発言をしていれば、名誉棄損と言われても仕方ないでしょう。大林氏は「河野太郎の権力と孫正義の金をバックに、霞が関で暴れまくった反社オバハン」、「自然エネ財団の情報は国家電網の孫引きで、大林ミカは昔から中国共産党の手先」「大林ミカは無学だが、活動家としての馬力はすごい。あらゆる政府の有識者会議に(呼ばれてもいないのに)顔を出し、でたらめな知識を吹いて回る。批判すると訴訟を起こす」等等。「原発停止で日本の国力を弱め、再エネFITで中国製の太陽光パネルが7割を占め、電力自由化で中国資本の新電力が大量に参入。 今後は大陸と「連系線」で結んで、日本を中国共産党の支配下に置く。大林ミカの行動は、工作員としては一貫している。」 などと推測に推測を重ねた主張は、ただの誹謗中傷です。これでは確かに訴えられても仕方ないでしょう。

*2:夕刊フジに、アジアインフラ投資銀行(AIIB)のサイトに、過去に大林氏が北朝鮮について好意的ととれる発言しているという記事が出ましたが、これだけの根拠で「工作員濃厚か・なぜか北朝鮮 大林ミカ氏の中国AIIBサイトでの発言発掘」などという結論に飛躍してはいけません。AIIBが発言を正確に伝えているかもよくわかりません。確かに、他の言動から言っても、大林氏は権威主義国に過度に融和的に見えます。それはもちろん非難に値すると思いますし有識者としての資格を疑問視するのは理解できます。ですが、スパイでもなく工作員でもない人にもそういう人はいくらでもいます。根拠もなく「工作員濃厚」などと結論するのはナンセンスです。

*3:なお、言う必要がない話だと思いますが、もちろん、権威主義国の政府と深い関係にあるような人物には安全保障上の重要情報にアクセスできないようにすべきといった議論は正当ですし、現行の再エネ政策が日本の利益になっているかという議論は、まともな議論です。しかし、それと雑な陰謀論を混同するべきでないと言っています。

*4:ついでですが、大分県には中津市という町があります。「矛盾した情報」等と適当なことを書く前に調べるのが常識ではないでしょうか。池田氏はこれだけ強い非難をしておいて、その後、他の方から大分県中津市が存在するので矛盾はないと指摘された後も、謝罪もせず、このXのポストを削除もせずに放置しています。間違いだと知りながらポストを放置しているのは一体どういうつもりでしょうか。自分のプライドの方が事実や他人の人権よりも重要ですか。これでは訴えられて当然です。取材能力もネットリテラシーも皆無としか言いようがありません。

*5:自然エネルギー財団に中国系の研究者がいるかなどといった魔女狩りも大概にすべきです。「【速報】自然エネルギー財団、内部に研究員として中国人がいることが判明wwww スパイ工作員機関ですやん🧐 」などと書いているポストには2.1万も「いいね」がついていますが、こんな感情論に流されてはいけません。罪のない一般の中国の方を何の根拠もなく中国政府と同一視したりスパイ呼ばわりするのは非常に深刻な人権侵害です。そもそも中国人の研究者や中国と接点のある研究者を雇うと「中国の工作員」だというなら、まともな中国の研究など絶対にできませんし、普通の学術研究にも支障が出るでしょう。再生エネルギーについていえば、中国は太陽光パネルなどの生産拠点ですから、研究者も多いですし、学術的な交流があるのも普通です。研究者はたくさんの方とかかわっていますから、中国の研究者と接点や交流が一切ないという方が珍しいでしょう。中国にかかわった人間がいる組織はすべて排除するというような非理性的で差別的な政策をとる国は中国について何も知ることができず、当然ながら中国の軍事的脅威に備えることもできないでしょう。池田氏は「大林ミカ経由で、内閣府の国家機密が中国に漏洩していた疑いもある。任意のヒアリングじゃなくて、検察が強制捜査したほうがいいと思う」などと書いておられますが、こういう重大な非難は根拠を示さず思いつきで言うべきではないでしょう。何が「国家機密」なのか定義せず、中国に関係する人物がその情報にアクセスされてはどのくらいまずいのかも明確にしないまま、単に中国と接点があるかもしれない人間が政策にかかわるのは問題だとヒステリックに叫ぶのは無意味ですし、ただの名誉棄損です。安全保障問題というのは差別を煽ることではないはずです。

*6:例えばこの投稿は高卒で語学学校に行った人はみな詐欺師と言わんばかりの差別的投稿ですが、かなり読まれているようです。

*7:スタッフ一覧 | 財団紹介 | 自然エネルギー財団 (renewable-ei.org)

*8:「環境、エネルギー・原子力」女性リーダー像 (5) NPO法人環境エネルギー政策研究所副所長 大林 ミカ氏に聞く 文学少女から「反原発」への軌跡 今は持続可能な社会実現へ (jaif.or.jp)

*9:この学会は確かに国際的な学会ですし古くからあります。

*10:別に大林氏を擁護する気はありませんが、一般に、有識者会議の人選はいい加減なものです。専門家でも何でもない人気のあるタレントや元スポーツ選手が委員に選ばれることは日常茶飯事ですし、大林氏が異例の選ばれ方をしているわけではありません。学者が選ばれる場合であっても、専門が異なる畑違いの人が選ばれているケースがままあります。私はこういう選び方をすべきではないと思いますが、問題にするなら有識者会議全てを問題にしなければ公平ではないでしょう。現在活動中の有識者会議等は200以上ありますが (各種本部・会議等の活動情報 | 内閣官房ホームページ (cas.go.jp))、これらの会議が全て必要とは到底考えられませんし、10分の1に整理しても多すぎるくらいでしょう。こうした有識者会議の殆どは議論の結論は有識者を呼ぶ前から方向性が決まっていますし、報告書は多くの場合は官僚が書いています。会議に呼ばれる有識者はお墨付きを与えるための飾りで、有識者会議の影響力はたかが知れています。官僚の都合の良いことを言うイエスマンが複数の審議会の委員を掛け持ちするのも日常茶飯事です。

*11:SDGsを問う 地球沸騰時代の未来は|中部経済新聞 愛知・岐阜・三重・静岡の経済情報 (chukei-news.co.jp)

*12:例えば、大林ミカ氏の後ろに飾られている人物写真は、中国の朱鎔基という政治家であ... - Yahoo!知恵袋

*13:【更新】疑惑の大林ミカさんが再エネTFを辞任 | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)

*14:アゴラの主催者である池田信夫氏はことあるごとに他人にネトウヨとかレッテルを張っておられますけれども、ネット上の匿名の怪情報に飛びつき、中国陰謀論を唱え、通名が、国籍が、工作員が等と根拠なく騒ぎ、他人を誹謗中傷して恥じない人たちは何と呼ぶのが適切でしょうか。

*15:繰り返しになりますが、中国企業と親密とか中国人の研究者がいるとか、中国と”どこか”でつながっているとか中国に好意的だとかそういうのはスパイの証拠では全くありませんし、”状況証拠”にすらもなりません。

*16:自然エネルギー財団と中国国家電網の関係について | お知らせ | 自然エネルギー財団 (renewable-ei.org)

*17:井田徹治氏のX投稿

*18:自然エネルギー財団と中国国家電網の関係について | お知らせ | 自然エネルギー財団 (renewable-ei.org)