柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

陰謀論者の写真をめぐる空想

4/12追記:大林ミカ氏の背後に中国の朱鎔基元首相の写真が飾ってある写真について、4月8日、自然エネルギー財団から発表がありました。

「ネット上で、大林事業局長の背後に中国の朱鎔基首相の写真が飾ってある写真が取り沙汰されていますが、この写真は、日本記者クラブの喫茶室で共同通信により撮影されたものです。喫茶室には、過去に記者クラブで講演した多くの首相たちの写真が飾られています」*1

この写真の撮影者である井田徹治氏は、次のように投稿しています。

「朱鎔基・元首相の写真は、写真を撮影した日本記者クラブで同氏が講演したことを紹介するために同記者クラブが撮影、掲示しているもので大林さんとは一切、関係がありません。この事実に反する誤った情報が流布されているものも目にします。これも早めに削除されることをお勧めします。」*2

これでこの話は決着がついたといえるでしょう。以下の投稿で、私は一部の極右が写真を理由に大林氏を工作員などと攻撃している件について、デマである可能性が高いとしました。

ただし、写真については不鮮明で朱鎔基氏のものではない可能性があると主張しましたが、結果的にこれは誤りでした。読者の皆さんにお詫びします。写真の一致率の判定は不鮮明な写真ではなかなかうまくいかないものですからこの点をもう少し強調すべきでした。とはいえ、仮に写真が本物だったとしても、極右の主張は誤りである可能性が高いと注記し、次のように主張しましたが、これは結果的に正確だったと言えます。

「仮に問題の写真が朱鎔基の写真だとしても(ありそうにありませんが)、いくらでも可能性が考えられますし、大林氏が朱鎔基を崇拝しているとかまして中国の工作員であるとかいった結論は出てこないでしょう。例えば、事務所を訪問したことがある何人もいる人物の一人かもしれません。そもそもこの写真の撮影場所は不明ですから、偶々、新聞社の取材で出向いた先の場所に写真があっただけということだってあり得ます。朱鎔基元首相の写真が写っていたから(繰り返しますが、そうだと断言できる根拠はありません)、だから中国の工作員とか言うのは荒唐無稽です。」

一応、記録のため、この記事は削除せず残しておきます。デマに飛びつかないように、という本稿の趣旨は変わりません。以下、本文になります。

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内閣府タスクフォースの大林ミカ氏の提出資料に中国の国営企業のロゴが含まれていた問題ですが、ネットでは真偽不明の陰謀論が飛び交っています。安全保障は言うまでもなく大切ですし、今回の不祥事の原因究明や再発防止は重要ですが、だからといって真面目な話題に無意味な陰謀論や誹謗中傷を混ぜてはいけません。特に人気がある陰謀論の一つが「大林氏の写真の背後に朱鎔基の写真が写っている」という主張です。

大林氏の写真の背後の額に飾ってある写真は小さく、極めて不鮮明ですが、他人の空似ではなく間違いなく「朱鎔基だ」と断言できる皆さんは、よほど目が良いのでしょう*3。ですが、常人の目をもって見れば、写真は不鮮明すぎて何とも判断できないと考えるのが普通ではないのでしょうか。この写真が大林氏が中国のスパイである決定的証拠だと思っておられる方が多いようですが、もう少し冷静に考えていただきたいものです*4

朱鎔基元首相は2003年には政界を引退していますし、現在は大変な高齢(95歳)で政治的に影響力のある人物でもありません(習近平国家主席の3期続投に反対したとする報道*5もあります)。大林氏と接点があるということはありそうにないと思います(仮にあったからどうということも言えそうにありません)。

百歩譲って、仮に問題の写真が朱鎔基の写真だとしても(ありそうにありませんが)、いくらでも可能性が考えられますし、大林氏が朱鎔基を崇拝しているとかまして中国の工作員であるとかいった結論は出てこないでしょう。例えば、事務所を訪問したことがある何人もいる人物の一人かもしれません。そもそもこの写真の撮影場所は不明ですから、偶々、新聞社の取材で出向いた先の場所に写真があっただけということだってあり得ます。朱鎔基元首相の写真が写っていたから(繰り返しますが、そうだと断言できる根拠はありません)、だから中国の工作員とか言うのは荒唐無稽です。

十分な証拠がないことを想像や願望で断定するのは恥ずかしいことですし、ましてそんな不確かな憶測に基づいて他人を誹謗中傷するのはさらに恥ずかしいことです。わからないことは「わからない」と率直に言い、安易に人を罵倒しないようにしたいものです。

まあ、こんな判断をするには多少の常識があれば十分だと思いますが、一応、簡単ですが、この写真が朱鎔基元首相ではない可能性が高いことを示すエビデンスを示しておきましょう。ネットで話題にされている、後ろに朱鎔基元首相の写真が写っているとされている大林ミカ氏の写真は、中部経済新聞に掲載されているインタビュー記事の写真です *6。この写真から、朱鎔基元首相と主張されている男性の写真の部分を切り取ったものと、実際の朱鎔基元首相の写真を写真の一致率判定サイトで比較してみました。具体的に使用した朱鎔基元首相の写真は、日本記者クラブでの会見の際の朱鎔基元首相の写真2枚*7と、大林ミカ氏の後ろに飾られている写真とそっくりだとして、ネット上で出回っている朱鎔基元首相の写真*8の合計3枚の写真です。

比較のために使用したサイトは、以下の2つのサイトです。これはgoogleで「写真、一致率」で単純に検索したところ上位に出てきたサイトです。

Face Similar スペース・アイ株式会社 (space-i.com)

顔の比較・顔写真の類似度判定 - 無料ツールサイト (doratool.com)

上記の2つのサイトで、男性の写真と朱鎔基元首相の3枚の写真と比較し、同一人物と判定できるかどうかを確認しました。サイトの判定能力の精度を確認するため、朱鎔基元首相の写真1~3同士も比較しました。また、朱鎔基元首相と別人の初老男性の写真(風評被害になりかねないのでここで特に誰の写真を使ったかは示しません)を別人と判定できるかどうかも確認しました。結果は以下の通りです。

 

例の写真と朱鎔基元首相の写真との類似度

①日本記者クラブの写真1

②日本記者クラブの写真2

③ネット陰謀論の写真

①Face Similar

E(似ていない)

D(あまり似ていない)

E(似ていない)

②顔の比較・顔写真の類似度判定

同じ人ではない(71%)

同じ人ではない(74%)

同じ人ではない(73%)

「Face Similar」はA~Eで類似度を評価しています。大林氏の写真に写る朱鎔基元首相だとされる男性の写真と、実際の朱鎔基元首相の写真の類似度はD(あまり似ていない)~E(似ていない)になりました。なお、1~3の朱鎔基元首相の写真同士の類似度は全てA(すごく似ている)の評価となりました。無関係な年配男性の写真と朱鎔基元首相の写真の類似度はEと評価されました。なお、大林氏の写真に写る男性の写真は不鮮明だからか、なかなか顔写真と認識してもらえませんでした。正直、信頼度の高い結果とは言えないかもしれません。

一方、「顔の比較・顔写真の類似度判定」では「2つの写真は同じ人」、「2つの写真は同じ人ではない」の2段階の評価に加え、顔の類似度を0~100で評価しています。表では()内に顔の類似度を書いています。「顔の比較・顔写真の類似度判定」では、問題の男性の写真と朱鎔基元首相の写真の類似度は、全て「同じ人ではない」(顔の類似度71~74%)という判定になりました。1~3の朱鎔基元首相の写真同士の類似度は全て「同じ人」(類似度94~96%)と判定されました。無関係な年配男性と朱鎔基元首相の写真の類似度は同じ人ではない(30~37%)と判定されました。こちらのサイトでは例の男性の写真の画像はすんなり認識してもらえました。おそらくより信頼度の高い結果と言えるのではないかと思います。分析結果から、問題の写真は、確かに他の関係ない男性の顔と比較すれば多少似通った顔の男性ですが実際は別人といえそうです。

無論、私は経済学者で、この分野は全くの素人ですから、間違っている可能性もあります。今ちょうど新年度で時間もないので、これは非常に簡易的な比較であることをお断りしておきます。新しい証拠やご意見があれば、ここで示した判断はいつでも撤回する用意がありますし、おそらく、もっとましな比較方法があるでしょう。別に絶対に正しいと言い張る気はありません。ですが、少なくとも、何の根拠もなく不鮮明な写真を「朱鎔基です。この顔は絶対間違いありません!」などと印象で断言するよりは私のやり方の方がよほどましでしょう。私の検証は簡単なものですけれども、少なくとも、朱鎔基だと断言する根拠は乏しいと判断する客観的根拠です。「大林氏の写真に中国の朱鎔基元首相の写真が写っている」はデマである可能性が極めて高いと思います。

どういうわけか、中国国営企業河野太郎氏、再エネといったワードが並ぶと、とても興奮して冷静な判断ができなくなってしまう方々がいるようです。私は再エネ政策には批判的ですし権威主義国の脅威に備えることにも賛成ですが、自分が何を話しているかわからないのに、「ああかもしれない、こうかもしれない」などと想像をたくましくしている方々にはとてもついていけません。不確かな根拠で誹謗中傷をやってしまうのは許されないことです*9

 

*この論説は、素晴らしい視力をお持ちの陰謀論者の皆様は別に読む必要はありませんが、普通の方向けに書かれています。ご了承ください。

*1:自然エネルギー財団と中国国家電網の関係について | お知らせ | 自然エネルギー財団 (renewable-ei.org)

*2:井田徹治氏のX投稿

*3:最近どうもこういうニュースが多くて困惑しますが、先入観なしに見ると普通は見えないものが見えてしまったり、どう考えても常人には聞こえない「日本人死ね」という音声がはっきり聞こえてしまったりするのはちょっと危ないですね…

*4:大体、朱鎔基元首相がどんな人物か、たぶんポストされている方々の大半は知らないでしょうし、そもそも先日までその名前すら知らなかった人の方が多いのではないでしょうか。

*5:習近平氏の3期目続投、朱鎔基元首相が「反対の意向」か…国有企業優先の政策を疑問視 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

*6:SDGsを問う 地球沸騰時代の未来は|中部経済新聞 愛知・岐阜・三重・静岡の経済情報 (chukei-news.co.jp)

*7:朱鎔基・中国首相 | 日本記者クラブ JapanNationalPressClub (JNPC)

*8:大林ミカ氏の後ろに飾られている人物写真は、中国の朱鎔基という政治家であ... - Yahoo!知恵袋のグローバルを名乗る人が掲載している写真(投稿時間2024/3/30 12:50)、画像リンクhttps://chie-pctr.c.yimg.jp/dk/iwiz-chie/ans-686229989?w=999&h=999&up=0 元は日本記者クラブの写真と同一かもしれません。

*9:こんなことを言うと「柿埜は必死に中国の手先の大林ミカを擁護している。中国の工作員確定w」とかいうご意見が出てきそうです。まあ、陰謀論を心の支えにしている方はいつまでも空想の世界にいたらよいでしょう。ですが、私は安全保障の問題はフィクションでも娯楽でもないと思っていますし、再エネ政策や安全保障は雑な陰謀論で議論するには重大すぎる問題だと思っています。