柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

「道徳的怪物」について(1)

バーニー・サンダース上院議員社会主義を掲げる著名な左派政治家ですが、CNNとのインタビューでイスラエルハマスの「停戦」を支持しなかったとして、左派から大変な批判を浴びています*1。反イスラエルで知られる政治学者のノーマン・フィンケルスタイン氏は、サンダース議員に対して「あなたはmoral monsterになった」などと激しく攻撃した動画を公開し*2、大きな反響を呼んでいます。その一部を切り取った以下の動画はXでも話題になり、『人新世の「資本論」』で知られる斎藤幸平東京大学准教授もリポストしています。

moral monsterは,文字通りには「道徳的怪物」ですが、もう少し軽い意味で「恐ろしい冷血漢」ぐらいのニュアンスでしょう。それにしても相当強い言葉です。

フィンケルスタイン氏もサンダース議員もどちらもユダヤ系ですが、左派の方々の間では、サンダース氏は所詮「シオニスト」なのだと罵倒され、すっかり評価を下げた一方、フィンケルスタイン氏はユダヤ系であるにもかかわらず人種偏見のない高潔な人物として随分持ち上げられているようです*3

さて、私は普段は社会主義者のサンダース議員をさほど評価していません。ですが、フィンケルスタイン氏がこの極めてミスリーディングで中傷としか言いようがない動画を公開したことには強い憤りを感じました*4

そもそも、サンダース議員が「停戦」を拒否したというのはデマに近い話です。CNNのインタビューを実際きちんと見れば、彼がイスラエル空爆の即時中止を強く求めていることがわかるでしょう。

サンダース議員:「イスラエルには自衛の権利があります。しかし、私の考えでは、イスラエルには何千人もの無実の男女や子供たちを殺す権利はない。彼らは襲撃とは無関係なのです。ですから、私のいま当面の関心事は、空爆をやめさせることです。今すぐにです。」

サンダース議員は、ハマスを非難しつつも、ガザの現在のような空爆は人質奪還のために不必要で、被害の大きさからも正しい戦略ではないとし、ガザの状況を「人道的大惨事」と表現してイスラエル政府を強く非難し、「人道的一時戦闘停止(humanitarian pause)」を何度も訴えています。CNNの司会者もそのことを踏まえたうえで、完全な停戦を支持しますかと質問しています。

司会者:「あなたはガザの人道的一時戦闘休止を支持しています。あなたの同僚の進歩派の議員の幾人かは、完全な停戦がなされるべきだ、つまり、双方に戦闘を停止する合意を求めるべきだとしています。あなたは彼らの言うような停戦を支持しますか?そうでないとしたら何故ですか。」

サンダース議員:「ハマスのような騒ぎと混乱をもたらし、イスラエルを破壊することに専念している組織とはどうすれば停戦すなわち恒久的停戦が可能なのか私にはわかりません。この地域のアラブ諸国が理解していることは、ハマスは去るべきだということです。ですから、いま私たちが必要としていること、いま当面の課題は、空爆を終わらせることなのです。」*5

このやり取りをサンダース議員が「停戦(ceasefire)」を拒否したといいたいなら、それはそれで結構ですが、停戦への支持を明言しなかったというぐらいが正確ではないでしょうか。インタビューでは、サンダース議員は当面すべきこととして空爆の即時停止と人道支援を繰り返し要求していますし、どんな言葉を使うかは重要ではないとも述べています*6。サンダース議員がイスラエルの軍事作戦を支持するどころではないのは明白です*7。少なくとも、フィンケルスタイン氏から「あなたはガザを破壊し続けることにゴーサインを出した」などと罵られるいわれは全くありません。

フィンケルスタイン氏はサンダース議員の発言から自分に都合の良い部分だけを切り取り、サンダース議員が空爆の即時停止を訴えている部分は無視しています。長々と極めて一面的で偏った歴史を語り、ハマスの10月7日のテロを相対化して事実上正当化しながら、サンダース議員のことを「Moral Monster」だの「病気」だのと口汚く罵る動画は全くうんざりします。前後を無視して、停戦反対だけを切り取るのは殆ど詐欺です。

フィンケルスタイン氏はサンダース議員が「一線を越えた」などと言いますが、尋常でない言葉遣いでサンダース議員を中傷するフィンケルスタイン氏の発言の方がよほど一線を越えているでしょう。

確かにサンダース議員は、イスラエルの自衛の権利を認めている点、ハマスの道義的責任を問い、ハマスの解体を願っている点、全面的な停戦は可能ではないと考えている点などがフィンケルスタイン氏とは違います*8。しかし、それはそんな悪口を言われるような違いでしょうか。

なお、私自身はサンダース議員の社会主義には反対ですし、彼のイスラエル批判にも必ずしも全てに賛成ではありませんが、批判するなら批判するで相手の主張はきちんと伝えた上でフェアな批判をすべきです。

私はサンダース議員のファンでは全くありませんが、社会主義者の皆さんはついさっきまではサンダース議員のファンだったはずでしょう。それでは、自分たちのヒーローが何を発言しているかもう少し調べてはいかがでしょうか。「停戦」に反対したグロテスクなMoral Monsterだなどという話を安易に信じてしまっていいのですか。少なくとも、もっと思いやりある評価をするのが妥当ではないでしょうか*9

ところで、サンダース議員を激しく非難する政治学者のフィンケルスタイン氏というのは、そもそもどういう人物なのでしょうか。どういうわけか、著名な知識人の方までフィンケルスタイン氏の投稿をリポストされたりしていますが、フィンケルスタイン氏が何者か知っていたらもう少し慎重になったのではないかと思います。彼はヒズボラホロコースト否定論者の友人でありテロ肯定論者です。次回フィンケルスタイン氏についてご紹介しましょう。

*1:Hear what Bernie Sanders thinks about Israel's response to Hamas attack - YouTube

*2:A Response to Bernie Sanders (substack.com)

*3:後述するように、実際は極めて穏健なことを言っているに過ぎないサンダース議員への過剰な批判は正に人種偏見ではないかと思いますが。

*4:正直なところ、経済以外の専門外の話題で連続投稿するのは躊躇するところもあるのですが、この問題をあまりきちんと説明している方を見かけないので敢えて書きます。

*5:Hear what Bernie Sanders thinks about Israel's response to Hamas attack - YouTube

*6:確かに人道的一時戦闘休止か停戦かは厳密には国際法上の意味の違いがありますが、サンダース議員の具体的発言から「モンスター」とか「病気」とかいう言葉がどうやったら出てくるのでしょうか。

*7:フィンケルスタイン氏は、サンダース議員の発言から太字で強調した部分を無視して、その前の部分だけを切り取って流していますが、これは不誠実以外の何でしょうか。サンダース議員自身、どうすればよいか明確な展望を描けてはいないという批判はありうるかもしれませんが、わからない点はわからないと率直に認めながら、イスラエルパレスチナの和平を願う姿勢は真摯なものだと思います。

*8:これらの点では私はサンダース議員の方がずっとバランスが取れていると思います。

*9:サンダース議員を社会主義者の批判から弁護する日が来るとは思いませんでしたが。