柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

「道徳的怪物」について(2)

前回の投稿に続き、イスラエルハマスの「停戦」に反対したサンダース議員をmoral monster*1などと非難したフィンケルスタイン氏の投稿を取り上げます。

前回 詳しく説明したように、フィンケルスタイン氏の攻撃は、サンダース議員の実際の発言を無視した中傷に近いものです。サンダース議員の主張には賛否はあるでしょうが、空爆の停止と人道支援を主張する彼が「道徳的怪物」などというのはナンセンスです。「道徳的怪物」を探すなら、どこかほかの場所でしょう。

ところで、私は思想史の研究をしておりますので、偶々ですが、その「道徳的怪物」について些か存じております。そこで読者の皆様にも情報を共有しておきたいと思います。「道徳的怪物」とは、たぶん次のようなことを平気で言う人ではないでしょうか。以下の文章はハマスによる10月7日の無差別テロがあった直後に書かれたものです。

ラ・パッショナリアことドローレス・イバルリ*2は、スペイン内戦の際、「膝を屈して永遠に生きるよりも立って死ぬ方がよい」と説いたことで有名だ。 過去20年間、ガザの人々は、その半分は子供だが、強制収容所*3に閉じ込められてきた。 今日、彼らはその収容所の壁を破ったのだ。ジョン・ブラウン*4奴隷制に対する武力による抵抗を称えるなら、ワルシャワ・ゲットーで反乱を起こしたユダヤ*5を称えるなら、道徳的一貫性の命じるところでは、ガザでの英雄的な抵抗を称えるべきだ。少なくとも私は決して非難する気にはならない。それどころか、傲慢なユダヤ人至上主義の抑圧者たちがついに屈服し、ガザの子どもたちが微笑んでいる光景は、私の魂を温かくしてくれた。

天上の星々が優しく見下ろしている。 栄光、栄光、ハレルヤ。 ガザの魂が行進しているのだ!ーノーマン・フィンケルスタインの公式サブスタックの10月8日の記事*6

この記事がハマスのテロを称えたものであることは明白でしょう。フィンケルスタイン氏のように、イスラエル市民の虐殺を歓喜して迎えた知識人は残念ながら少なくないのですが*7、生後数か月の子供も含む1400人の市民の無差別虐殺を祝福するような人には「道徳的怪物」という以外にふさわしい言葉を思いつきません。

フィンケルスタイン氏は10月7日のテロの後に「道徳的怪物になった」わけではありません。彼の信念は筋金入りで、上記の発言は別に一時の興奮にかられた失言などではありません。フィンケルスタイン氏は「ヒズボラは希望である」などと述べ*8レバノンのテロ組織ヒズボラを常々称賛しており、ヒズボラの幹部とも交流のある人物です*9

数日前、ある下院議員あるいは幾人かが「今や我々はみなイスラエル人である」と言っていたのを聞いた。まったく賛成しない。今ここで公に宣言するが、「我々は皆ヒズボラである」。我々みんながそうだ!…〈中略〉…ヒズボライスラエルに対する勝利はすべて自由の勝利でもあるのだ!…〈中略〉…ホワイトハウスの怪物や狂人ども、そしてテルアビブの彼らの協力者たちは個人的には全員死んでくれて結構だ。-2006年7月の集会での発言*10

私はもちろん、ヒズボラの人々と会えてうれしかった。なぜなら、彼らのような見方は米国ではめったに聞かれないからだ。私は是非とも彼らとの連帯を表明したいと言うことに何の問題も感じないし、私はそのことについて臆病者にも偽善者にもならないだろう。…〈中略〉…イスラエルは敗北を喫しなければならない。-2008年1月のインタビューの発言*11

イスラエルが民間人を標的にし続けるのであれば、イスラエルがテロ行為をやめるまでヒズボラにはイスラエルの民間人を標的にする権利があると私は強く信じる。-2011年4月のインタビューでの発言*12

フィンケルスタイン氏がこうした発言をしたのは一度や二度ではありません*13。彼のイスラエルに対する敵意とヒズボラへの心酔ぶりは並大抵のものではありません*14ヒズボラは今回の戦争の当事者なのですから、フィンケルスタイン氏の発言は本人の希望通りヒズボラ側の発言として評価すべきです*15

*1:前回も書いたように英語のmonsterは日本語ほど強い意味でなく使われる場合はありますが、それでもこれはかなりひどい罵倒です。以下では「道徳的怪物」の訳で通します。

*2:イバルリ(1895-1989)はラ・パッショナリアのあだ名で知られたスペイン共産党書記長で、フィンケルスタイン氏がやたらと持ち出すお気に入りの人物です。スペイン内戦で共和派として活躍した人物ですが、味方の共和派を粛正したスターリニストでもあります。

*3:これはガザの生活が悲惨であることの比喩としてよく使われますが、文字通りの収容所はもちろん存在しません。イスラエルがガザに制裁を続けているのは事実ですが、ガザを実効支配しているのはハマスです。ガザの経済的困窮には、民生を軽視して軍事に多くの予算を割き、腐敗した政治を続けてきたハマスにも大きな責任があります。

*4:ジョン・ブラウン(1800-1859)は南部で奴隷制が認められていた時代の米国で反乱を起こして処刑された奴隷解放論者の運動家。

*5:ワルシャワ・ゲットーは占領下のポーランドの首都ワルシャワナチスが作ったユダヤ人隔離地域。1943年4-5月にナチスに対するユダヤ人の大規模な反乱が起きましたが、孤立無援のまま鎮圧され殆どが殺されました。

*6:John Brown's Body--in Gaza (substack.com)

*7:例えば、以下を参照。Anti-Israel Activists Celebrate Hamas Attacks that Have Killed Hundreds of Israelis | ADL

*8:Hezbollah Is ‘Hatikvah’ To Norman Finkelstein’s Ears – The Forward, Norman Finkelstein's Obsession With American Jews and Israel, and Thoughts on Gandhi - Tablet Magazine

*9:ヒズボラを形式上非難して見せることもありますが、必ずその後には「だが、しかし…」とヒズボラへの賞賛が続くのがフィンケルスタイン氏のいつもの手口です。

*10:Norman Finkelstein Professes His Solidarity With Hezbollah - YouTube

*11:American Political Scientist Norman Finkelstein: "Israel Has to Suffer a Defeat" | MEMRI

*12:It Was a Massacre – Interview with Norman Finkelstein (archive.org)フィンケルスタイン氏はイスラエルの民間人を標的にすることを正当化する発言をしばしば繰り返しています。

*13:フィンケルスタイン氏のヒズボラの指導者ナスララ師への尊敬と称賛は以下を参照。Jewish-American Prof. Norman Finkelstein: Nasrallah is the Only Leader you Learn From - 動画 Dailymotion 以下のインタビューではヒズボラ国際法を他のどの国よりもよく守っていると主張しています。Norman Finkelstein's Obsession With American Jews and Israel, and Thoughts on Gandhi - Tablet Magazine

*14:しかも、フィンケルスタイン氏は大変な武闘派です。レバノンのテレビ番組でフィンケルスタイン氏は「米国とイスラエルが攻撃している」からヒズボラは軍事的抵抗をしているのだと説いていますが、司会者から「軍事的抵抗以外の方法はないのですか」と聞かれた際に次のように答えています。「他の方法があるとは信じない。他の方法があればよかったと思う。誰が戦争を求めるだろうか。誰が破壊を求めるだろうか。ヒトラーでさえ戦争を望んでいなかった。彼はできるなら彼の目的を平和的に達成することを望んだだろう」(American Political Scientist Norman Finkelstein: "Israel Has to Suffer a Defeat" | MEMRI)。ヒトラーは平和を望んでいたが、抵抗にあって戦争せざるを得なかったという主張はしばしばネオナチが主張しているレトリックですが、フィンケルスタイン氏の世界では、ヒズボラハマスヒトラーも平和を望んでおり、戦争を望むのはどうやらイスラエルと米国だけであるようです(!)。

*15:同様のことは、イスラエルを盛んに攻撃している英国労働党の元党首ジェレミー・コービン氏にも言えます。コービン氏は党首時代、党内の反ユダヤ主義を放置したことで責任を問われた人ですが、ハマスとヒズボラを「友人」と呼んだこともあります。