柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

「道徳的怪物」について(3)

前回の投稿で、イスラエルハマスの停戦支持を明言しなかったサンダース議員*1を「道徳的怪物」と罵倒するフィンケルスタイン氏とは何者なのか簡単にお話ししました。一言でいえば、彼は無差別テロを肯定し、テロ組織に強い共感を寄せる危険人物です。イスラエルの軍事作戦を批判するために何もこんな人物の権威を持ちだす必要は全くありません。まっとうな批判者はいくらでもいます。

今日は前回の続きで、フィンケルスタイン氏について書ききれなかったことをお話ししましょう。彼はテロ組織のファンであるだけでなく、様々な荒唐無稽な陰謀論者とも親密な関係にあります。

まず、フィンケルスタイン氏のウクライナ戦争に関する独特の見解をご紹介しましょう。2023年7月のXでフィンケルスタイン氏は次のように書いています。

ロシアにはウクライナを侵略する権利があった。-ノーマン・フィンケルスタイン氏のX, 2023年7月7日

特に説明はいらないでしょう。これは何かの冗談ではありません。フィンケルスタイン氏によれば、ウクライナナチスと極右に支配されており、ロシアはNATOから攻撃される恐れがあったので、「ロシアはウクライナを攻撃する道義的権利(moral right)があった」のだそうです*2。これは正にプーチン大統領の主張そのままの荒唐無稽な陰謀論です。フィンケルスタイン氏はイスラエルの行動をことあるごとに侵略だと非難しますが、それでいてロシアの誰がどうみても明白な侵略は肯定しています。知的にも道徳的にも何の一貫性もありません。

陰謀論者は大体が反ユダヤ主義を信奉しているものですが、フィンケルスタイン氏もご多分に漏れず反ユダヤ主義者と親密な関係にあります。

反ユダヤ主義者、中でもホロコースト否定論者が「道徳的怪物」であることは、常識があれば誰も否定しないでしょう。フィンケルスタイン氏はユダヤ系で、ホロコースト生存者の両親を持つ人ですし、人権問題に熱心なら、当然ホロコーストにも敏感であっておかしくないはずです。

ところが、フィンケルスタイン氏は反ユダヤ主義者の集会にしばしば出席し*3ホロコースト否定論に対しても極めて融和的な態度をとり、ホロコーストの被害者や研究者をしばしば揶揄するような態度をとってきました。2020年の論説では次のように述べています。

ホロコースト否定論は大学で教えられるべきだし、できればホロコースト否定論者によって教えられるのが望ましい。-2020年12月の論説*4

この論説ではフィンケルスタイン氏は表向きは言論の自由の観点からホロコースト否定論の”弾圧”に反対する風を装っていますが、彼の言論の自由への尊重は見せかけでしかありません。フィンケルスタイン氏がホロコースト否定論者による大学教育を擁護するのは「学問の自由」のためだといいますが、同じことを地球平面論者のために言わないのは何故でしょう*5

そもそもフィンケルスタイン氏は言論の自由の熱心な支持者とは程遠い人物です。 例えば、ムハンマドの風刺漫画を掲載したフランスの風刺新聞『シャルリエブド』の本社が襲撃された事件の際、フィンケルスタイン氏は、彼らの風刺は攻撃的で言論の自由として保護すべきではないと述べています*6フィンケルスタイン氏は、殺された記者たちをナチスの新聞『シュテュルマー』の記者になぞらえ、「同情しない」と言い放っています*7。彼が熱烈に擁護する言論の自由ホロコースト否定論者や反ユダヤ主義者が公的な場で話す自由だけです。

フィンケルスタイン氏自身、彼の仲間の間の内輪の集会ではもっと率直です。

ホロコースト否定論についてそんなに興奮する理由がわからない。第一、ホロコースト否定論が何なのかさえ私は知らない。…〈中略〉…何人殺されたかという数の問題は統計に関する学術的問題だ。なぜ数字に対して数字で答えて証拠を示さないのだろうか。ー2020年7月の会合*8での発言*9

フィンケルスタイン氏は、イスラエル政府やユダヤ人団体がホロコーストを利用して自己正当化を図っていると主張した著書『ホロコースト産業』*10で有名ですが、この素晴らしい”学者”は、ホロコースト否定論を主張しているテレビの取材に答えたり*11、悪名高いホロコースト否定論者ディヴィッド・アーヴィング氏を「優れた歴史家」だと絶賛したり*12ホロコースト否定論者と親密な関係にあります。アーヴィング氏はネオナチと関係する反ユダヤ主義者であり、ホロコーストガス室も否定する人物です*13

フィンケルスタイン氏自身はさすがにホロコースト否定論を支持してはいませんが、虐殺された人数の信憑性やホロコーストの歴史的な重要性に極めて否定的な発言を繰り返しており、事実上、ホロコースト否定論者の協力者と言っていい存在です。

「道徳的怪物」とは極端に強い表現ですが、もし誰かに対してこの表現を使わなければならないとするなら、それはサンダース議員ではなくて間違いなく別の誰かです。テロ組織やホロコースト否定論者の友人であるフィンケルスタイン氏を信頼できる権威ある学者であるかのように扱うのは恥ずべきことです。

念のため言いますが、私は「イスラエルを非難するな」と言っているのでは全くありません*14イスラエル政府の軍事作戦を批判するには、空爆の激しさ、民生施設への攻撃、死傷者の極端な多さや政府高官の問題発言*15といった客観的事実を挙げて批判すれば済むことです。何もテロリストの友人や「道徳的怪物」に登場していただく必要などありません。そんな人物を持ち上げれば、彼らの目標に手を貸すことにつながります。

*1:サンダース議員の主張についてはこちらで説明しましたが、イスラエルの人権侵害を強く非難し、空爆の即時停止と人道支援を呼びかけています。これは常識があり、穏健な立場だと思います。

*2:その権利を行使すべきだったかは何とも言えないがなどと言ってはいますが、ロシアの正当性を強く主張する内容になっています。米国によって戦争が起こされたのだとこの学者は断言しています。

*3:Is Norman Finkelstein in Tehran? | HuffPost Latest News Campaign for Free Speech! with Norman Finkelstein, Tariq Ali, Jackie Walker and others - YouTube His own worst enemy - The Jerusalem Post (jpost.com) 反ユダヤ主義者にとって、自分たちの意図をカモフラージュするには、フィンケルスタイン氏のようなイスラエルに批判的なユダヤ人の協力者は重宝される存在でしょう。「ユダヤ人のフィンケルスタイン氏も批判している。私たちは”シオニスト”を批判しているだけで反ユダヤ主義者ではない云々」。

*4:Why we should rejoice at Holocaust deniers, not suppress them | Peace News なお、この論説は言論の自由、学問の自由の擁護という建前で書かれていますが、ホロコースト否定論者の活動は有益なものが多いと主張する相当に問題含みな論説です。なるほど、ホロコースト否定論者には確かに言論の自由と学問の自由があります。が、それはまともな大学で学生を教える”権利”なるものの保障を意味するわけではありません。

*5:同様のことは、ホロコースト否定論を説く本に序文を書き、彼らを弁護した言語学者ノーム・チョムスキー氏や国際政治学ジョン・ミアシャイマー氏についても言えます。彼らは「言論の自由」を擁護しただけといった言い訳をしていますが、それなら彼らは地球平面論者の本に序文を書いてもよかったわけです。なぜ他の様々なあり得ない愚かしい考えではなくて、ホロコースト否定論の宣伝に協力し、わざわざ序文を書く必要があるでしょうか?ちなみに、チョムスキー氏は、かつてポルポトカンボジアを称賛し虐殺を否定していた人物です。このような人物を道徳的権威として持ち出す人たちは大変恥ずかしい人たちだとしか言いようがありません。

*6:Norman Finkelstein: Charlie Hebdo is sadism, not satire (aa.com.tr) フィンケルスタイン氏にとって、ホロコースト否定論や反ユダヤ主義は攻撃的でも侮辱的でもないのでしょう。

*7:シャルリエブドの記者の虐殺は、『シュテュルマー』の発行者でナチス幹部のユリウス・シュトライヒャーが戦後死刑になったのと同程度にしか同情に値しないのだそうです。イスラム教徒は迫害されているので武器をとったのは当然だと示唆しています。これはそんな恐ろしいことを全く考えたこともない全ての真面目な(圧倒的多数派の)イスラム教徒に対する侮辱ですし、何より亡くなった記者に対する冒とくです。

*8:反ユダヤ主義を理由に英国労働党から除名された極左と彼らを支持する知識人の会合

*9:Campaign for Free Speech! with Norman Finkelstein, Tariq Ali, Jackie Walker and others - YouTube 実際には、ホロコーストの犠牲者数の研究は盛んにおこなわれています。フィンケルスタイン氏の発言のでたらめさについては以下の記事が詳しく書いています。Did Norman Finkelstein Just Deny the Holocaust? | Kevin Berk | The Blogs (timesofisrael.com)

*10:フィンケルスタイン氏の『ホロコースト産業』はホロコースト生存者の数にはでっち上げがある等と主張しており、ホロコースト否定論とも相性が良い本なので、否定論者や反ユダヤ主義者に愛読されています。ちなみに、フィンケルスタイン氏が熱烈に称賛しているヒズボラハマスもしばしばホロコースト否定論を支持してきた組織です。

*11:Lebanon's New TV: ‘Contradictions, Lies, and Exaggerations’ in Number Killed in ‘Jewish Holocaust’ | MEMRI

*12:Campaign for Free Speech! with Norman Finkelstein, Tariq Ali, Jackie Walker and others - YouTube アーヴィング氏は、高名な歴史家デボラ・リップシュタット氏にホロコースト否定論者と指摘されたことで名誉を傷つけられたと主張し訴訟を起こしましたが、敗訴しています。さらに、2006年にはホロコースト否定論が犯罪化されているオーストリアに入国した際にホロコースト否定論を宣伝した罪で起訴され、有罪になっています。リップシュタット氏との裁判の経緯については以下の本を参照してください。

デボラ・E・リップシュタット(2017)『否定と肯定 : ホロコーストの真実をめぐる闘い』山本やよい訳, ハーパーコリンズ・ジャパン.

*13:例えば、以下を参照. David Irving | ADL 詳しくはデボラ・E・リップシュタットの前掲書参照。

*14:ただし一部のイスラエル軍や政府の行動を理由に、「イスラエル人はこうだ」、「ユダヤ人とはそういうものだ」という大きすぎる主語で感情的な言葉をぶつけるのはやめた方がよいと思います。イスラエル政府とイスラエル人は別ですし、ましてイスラエル政府とユダヤ人、ユダヤ教徒を区別すべきなのは当たり前です。同様に、ハマスパレスチナ人、アラブ人、イスラム教徒を区別すべきなのは当たり前です。ハマスのテロを「パレスチナ人はこうだ」、「イスラム教徒の本質とはそういうものだ」などと論じるのはナンセンスです。

*15:例えばイスラエルの一部の政治家がハマスに協力した疑いがあるジャーナリストを攻撃すると示唆したり核兵器の使用を示唆したり過激な発言を繰り返していますが、それはどう考えても人質の解放にも平和にも全く役に立たないでしょうし、イスラエルの安全をむしろ脅かす愚かな発言です。こうした発言や噂や伝聞でない客観的な事実を良識に基づいて批判すればよいだけです。