柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

「子供率」のから騒ぎ

移民に自分の国が乗っ取られるのではないかというのはしばしばみられる偏見です。実際には、多くの移民は第二世代以降は移住先の言語を話すようになり、文化的にも多くの点で次第に同化していくのが普通です*1。ごく少数の移民に日本が簡単に乗っ取られてしまうなどと考える方はよほど自国の文化や国民の能力に自信がないのでしょうね。日本では以前からスケープゴートにされていたのは韓国や中国の方でしたが、ここ最近新たな標的になっているのがクルド人です*2。5月16日の産経新聞川口市クルド人の「子供率」が20%で、「他国出身者の割合に比べて突出して高い」と報じています*3

案の定、この記事は熱烈な愛国者の皆さんから歓迎され大きな反響を呼んでいるようです。日本が乗っ取られる、出て行けとか言うのはまだよい方で、もっと恐ろしい言葉を口にしている人すらいます。多くは川口市に行ったこともクルド人を見たこともないに違いない方々がこれほど川口市の問題を”心配”し、自分がよく知らない人たちに対して憎悪をむき出しにしているのは全く理解に苦しむ現象です。

しかし、既に多くの方が指摘している通り、この記事の内容、特に記事に添えられたグラフは誤解を招く極めてミスリーディングなものです。産経新聞は、人口に占める小中学生の割合を「子供率」と呼び、川口市の場合、クルド人の「子供率」が高いと主張しています。このなじみのない指標に注目するどんな理由があるのか、日本人が圧倒的多数を占める場所でこんな指標を民族ごとに求めることにそれほど意味があるのか、なぜ川口市クルド人を殊更に問題にするのか等は大いに疑問ですが、さらに問題なのは掲載されているグラフです。

グラフのタイトルには「埼玉県川口市の「子供率」(小中学生の割合)」とあります。これは、記事をよく読まない読者であれば、「川口市の小中学生の割合の20%がクルド人である」と誤解しかねないミスリーディングな見出しです。しかも、「クルド人による家族帯同、「移民化」が進んでいる」などと紹介文をつければ、どういう反応があるかぐらい予想できるのではないでしょうか。実際、記事への反応を見れば、どう見ても誤解している方が大勢います。これは産経新聞の意図した結果ではなかったかもしれませんが*4、排外主義者が川口市クルド人を標的にヘイトスピーチを繰り返し、脅迫や嫌がらせも相次いでいる状況では*5、細心の注意を払うことが求められたはずです。こんな誤解を招く見出しを付けるのは少々無責任ではないでしょうか。

川口市の(クルド人を含む)トルコ国籍の小中学生の実際の人数は約400人に過ぎません。川口市の小中学生は4万2759万人ですから*6、その1%にも満たない大きさです。「クルド人による家族帯同、「移民化」が進んでいる」などという説明はナンセンスです。無論、川口市クルド人に「飲み込まれ」、「10年くらい経てば、日本ではなくなる」はずもないのは自明です。評論家の古谷経衡氏が作った以下のグラフは、産経よりもはるかに適切なものです。

古谷氏の指摘は極めて的確で、付け加えるべき点は殆どありませんが、一点付け加えると、産経のクルド人の「子供率」はミスリーディングな指標であるだけでなく、計算自体も雑な設定に基づいており信頼できないものです。産経の計算のもとになっている川口市の統計で示されているのは、市内のトルコ国籍の住民数と小中学生数だけです。「クルド人」と「トルコ人」を分けたデータはありませんから、クルド人の「子供率」なるものを計算することはできないはずです。

ところが、産経はトルコ国籍者を全部クルド人とみなして計算しています。トルコ国籍の小中学生400人を全員クルド人とみなし、「市内のクルド人の小中学生が推計約400人とみられる」と主張し*7、これを川口市周辺に住んでいるとされる約2000人*8クルド人で割って計算しています。川口市内にはトルコ人も住んでいますし、その子供もいるはずです。全部クルド人とみなすのは少々乱暴な計算ではないでしょうか。こんなあやふやなデータから正確そうな数字を出す意味は何もないでしょう。

どちらにせよ、人数が少ないグループに関してこんな数字を算出するのは無意味に等しいといえます。実際の数字で強い印象を与えられないときに比率を使ってもっともらしい数字を作り出すのは統計の誤用・悪用の典型です*9。おかしな比率を計算して、400人のかわいらしい年頃の子供たちに大の大人が震え上がっているなんて実に恥ずかしく滑稽な話です。

仮に子沢山だとしても*10,60万人の大都市である川口市が約2000人のクルド人に「乗っ取られる」なんてまるでナンセンスな心配です。日本人はそんなか弱い存在ですか?もっと真面目に心配するべき問題はいくらでもあります*11

*1:例えば戦前や戦中に日本に移ってきた在日コリアンや在日中国人の子孫の方は日本語を話していますよね。同じことは例えば米国の移民などについても言えます。もちろん、料理やお祭りなど母国の文化を大切に引き継いでいる人もいますが、それは受け入れ先の国の文化を豊かにするものでありこそすれ脅威になるものではありません。皆さんは横浜に中華街がなく新大久保に韓国料理店がなければその方がよかったなんて思いますか?

*2:失礼ながら、デタラメな偏見を広めるにしても、もう少しもっともらしい対象を選ぶことができなかったのかと思ってしまいます。日本に約2000人しかいない、自分の民族の国を持たず迫害されてきた気の毒な人たちに日本が乗っ取られる心配をするというのは、あまりにも荒唐無稽です。

*3:<独自>川口クルド人「子供率」20%で突出 家族帯同で難民申請、出産で事実上の移民化 「移民」と日本人 - 産経ニュース (sankei.com)

*4:わざと誤解させるようにしたのだと書いている方もいますが、私は証拠がない状況で悪意を疑うことはしない主義です。とはいえ、誤解している方に対して、産経は注意喚起をするぐらいしてもよいのではないでしょうか。

*5:例えば、日本のクルド人支援団体に差別的メール 広がるヘイトの矛先 | 毎日新聞 (mainichi.jp) 電話口に響いた男の罵声 埼玉のクルド人に向けられたヘイト | 毎日新聞 (mainichi.jp)

*6:令和5年度学校基本調査 - 埼玉県 (saitama.lg.jp)

*7:このようなやり方では「クルド人」の小中学生にトルコ国籍のトルコ人の住民の子供を含んだ計算になってしまうので「子供率」の計算が過大になる可能性があります。

*8:正確な数が不明で2000人は川口市蕨市を中心にした地域のクルド人の数とされることがありますから、そうだとするとこの人数は多すぎ、先ほどとは逆に「子供率」の計算は過少になる可能性があります。実際のところ、殆ど無意味な数字なので計算する意味もありませんが、不確実な仮定に仮定を重ねた計算であるため、何とも言えないというしかありません。

*9:余談ですが、右翼の皆さんに朗報があります。筆者の知人はご家族で欧州のあるローカルな街に住んでいます。そこには日本人はこの方のご家族だけで他には見かけないそうですが、この方には小中学生のお子さんが3人いらっしゃいます。日本人が5人で子供が3人なので、「子供率」はなんと60%です。明らかに、これは現地の欧州住民よりも中国人よりもクルド人よりも圧倒的に高いはずです。「子供率」の素晴らしいグラフが書けそうですね。皆さんの考え方によると、これは「10年くらい経てば、そこは日本になるという事」を意味するんではないでしょうか?大変なことですね。

*10:なお、移民の第一世代の出生率は母国の水準に近く、高いのが一般的ですが、第二世代以降は移住先の国の水準に近づいていくのが一般的です。まあ2000人に1億2千万人の日本が将来乗っ取られる心配をするのはあまりに愚かしいことですから、こんなことは特にいう必要もないことですが。

*11:もちろん、学校教育の支援などクルド系を含む外国籍の住民との共生をめぐる課題が存在することは否定しませんが、侵略されるなどという扇情的で排外主義的な宣伝は何の助けにもなりませんし全くナンセンスです。