柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

岸田首相のスピーチ雑感

岸田首相が「共生社会と人権に関するシンポジウム」(2月3日開催)に寄せたビデオメッセージ が一部の右翼の方に激しく批判されているようです。何でも、「日本は差別が少ない国なのに、差別が多い国だと誤解される」のが問題なんだそうです。私からのアドバイスは「そんなに心配なら、ご自身がしばらく攻撃的なSNSの投稿を控えて静かにされていてはいかがですか」というに尽きます。

スピーチを聞けば誰でもわかることだと思いますが、岸田首相の話したことはごく常識的な人権尊重を説いた内容です。こんな平凡な一般的なスピーチに反対するのは極端に党派的な一部の差別主義者だけではないでしょうか?まあ、仮に百歩譲って何らかの点で岸田首相の発言に賛否両論があるとしても、これは特に重要な世界から注目されているスピーチでも岸田政権の具体的な政策を発表したものでもありません。基本的に日本国内のマイナーでローカルなイベントですし、大騒ぎするのはナンセンスです*1。私は別にとりわけ岸田政権支持でも自民党支持でもありませんが、見当はずれなことばかり批判している方々には呆れてしまいます。

ご参考までに岸田首相の発言から特に重要な部分を引用しておきます。

「残念ながら、我が国においては、雇用や入居などの場面やインターネット上において、外国人、障害のある人、アイヌの人々、性的マイノリティの人々などが不当な差別を受ける事案を耳にすることも少なくありません。
 マイノリティの方々に対して不当な差別的取扱いを行ったり、不当な差別的言動を行ったりすることは、当然、許されるものではありません。
 また、近年、外国にルーツを有する人々が、特定の民族や国籍等に属していることを理由として不当な差別的言動を受ける事案や、偏見等により放火や名誉毀損等の犯罪被害にまで遭う事案が発生しており、「次は自分が被害に遭うのではないか。」と、日々、恐怖を感じながら生活することを余儀なくされている方々もおられます。
 国会でも繰り返し申し上げてきたとおり、特定の民族や国籍の人々を排斥する趣旨の不当な差別的言動、まして、そのような動機で行われる暴力や犯罪は、いかなる社会においても決してあってはなりません。
 我が国は、「法の支配」や「基本的人権の尊重」といった普遍的価値を重視し、国際社会と共有してまいりました。我々が目指すべきは、全ての人が安全・安心に暮らすことができる「人間の尊厳」が守られた世界であって、これを脅かすことにつながる不当な差別や偏見に対しては、内閣総理大臣として、断固立ち向かってまいります。」 *2

いかがでしょうか?はっきり言って、このどこが批判されているのか私には全くわかりません。これはごく常識的な一般論ですし、多くの方の指摘している通り、同じ内容は歴代内閣が繰り返しています。自称愛国者の皆さんの間でも人気のある安倍元首相も明確におっしゃっていたことです。特に物議を醸すような提案があるわけでもありません。岸田首相が言うとダメで、安倍元首相が言えばよいのでしょうか。

産経新聞によれば、「首相の発信は「偏見によって放火などの犯罪被害にあう事案が発生している」「雇用や入居で外国人が不当な差別を受けている」などと社会的少数者に差別的な待遇が横行していると強調して伝わりかねない表現ぶりとなっており、「日本は差別の少ない国だ」といった反論の声が上がっている」のだそうです*3

しかし、スピーチの中で岸田首相が言及している差別はいずれも現実に日本で起きているものです。例えば、在日コリアンの方の住むウトロ地区の放火事件は2021年8月のことでつい最近です*4。雇用や入居で外国人が差別されていることすら知らないのだとしたら、「もう少し日本のことを勉強されてはいかがですか」と言いたくなります。「差別されている人を知らない」とか「何処に差別があるのか」などというのは、単に自分の無知を告白しているだけです。「社会的少数者に差別的な待遇が横行していると強調して伝わりかねない表現」も何も、事実あることをあると言うことの何が問題なのでしょうか*5。そもそも、岸田首相は「日本は世界一差別の多い国だ」とかいったようなことは何も発言していませんし、差別の実態を別に特に誇張していません。客観的事実を述べただけなのに、何をどう誤解したら「岸田首相が日本人を侮辱した」などということになるのでしょうか。

ひょっとすると、岸田首相に文句を言っている方々は「外国にルーツを有する人々が、特定の民族や国籍等に属していることを理由として不当な差別的言動を受ける事案」なんて見たことがないのでしょうか?まさかそんなことはありえないはずです。このスピーチを執拗に批判している方々の多くは、えりアルフィヤ衆議院議員やタレントのアンミカさんに対して誹謗中傷を繰り返してきた張本人です*6。よほど記憶力が悪くない限り、人種差別主義者のことをよくご存じのはずですね。このスピーチに激怒している方々は自分は猛烈な差別主義者だと自白しているも同然でしょう。

同じ感想を持っておられる方も多いようで安心します。

岸田政権の他の政策に問題があるとしても、批判するところはそんな見当はずれなところではないはずです。規制改革、年金や医療、マクロ経済政策、安全保障政策等、日本の将来を考える上で重要で生活に直結する問題は山ほどあります。岸田総理のいくつもやっているスピーチのうちの一つで、右翼が騒がなければ誰も注目しないようなごく普通のスピーチが自分の気に入らない中身だったとして、それで日本の将来や私たちの生活に何か重大な支障があるでしょうか。こういう些末な問題に大騒ぎするのは、何が大切なのかが全く何もわかっていないとしか言いようがありません*7

「日本は差別の少ない国だ」と思い、「誤解」が心配だというなら、まず自分自身が差別を広める言動を慎めばいいでしょう。極右が何の変哲もない普通のスピーチに反対して大騒ぎしたという話題が記事になると、「社会的少数者に差別的な待遇が横行していると強調して伝わりかねない」ですから、心当たりがあるなら、少しくらいは静かにしていてほしいものです。

*1:法務省の紹介ページによると、「共生社会と人権に関するシンポジウム」の主催者は、法務省/全国人権擁護委員連合会/東京法務局/東京都人権擁護委員連合会/公益財団法人人権教育啓発推進センターとなっています。後援しているのは、経済産業省中小企業庁/国連広報センター/東京都/大阪府特別区長会/東京都市長会/大阪府市長会/東京都町村会/大阪府町村長会/NHK/読売新聞社朝日新聞社毎日新聞社日本経済新聞社産経新聞社/共同通信社時事通信社となっています。一応、国連広報センターが後援に名を連ねていますが、基本的にローカルなイベントで、岸田首相のメッセージも日本語です。特に著名な外国の政治家等も登壇していませんし、国際的注目度が高いイベントでもありません。岸田首相のメッセージにかなり批判的記事を出している産経新聞も後援企業の一つです。

*2:令和6年2月5日 共生社会と人権に関するシンポジウム 岸田総理ビデオメッセージ | 総理の指示・談話など | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)

*3:産経新聞の論調は「周りの当事者に差別経験ない」と主張する方の意見を大きく取り上げ、現実に起きた差別やヘイトクライムの事件に一切触れていない点等、全体的に岸田首相への批判者に同調している印象を受けます。特に、一般人の意見を無批判に羅列して紹介しているのは、大きな問題です。「X(旧ツイッター)上では首相のメッセージに対し「世界で最もマイノリティーに対する差別の少ない国。マイノリティーが跋扈(ばっこ)し、マジョリティーがおびえている面さえある」「日本人は外国人、LGBT、アイヌなどを差別していません。侮辱するのは止めて」「何処に差別があるのか」「(慰安婦募集の強制性を認める)河野談話 に匹敵する」などと懐疑的な投稿が多い」とありますが、「何処に差別があるのか」などというのは噴飯物の意見ですし、「マイノリティーが跋扈(ばっこ)し、マジョリティーがおびえている」というのはまさしく差別的な主張でしょう(例えば、どこかの国の人が「我が国は世界で最もマイノリティーに対する差別の少ない国だが、日本人が跋扈しマジョリティが怯えている」と書いたら、極右の皆さんは「日本人ヘイト!」等と怒るに決まっていますよね?)。マイナーなシンポジウムの一般的内容のスピーチが「河野談話に匹敵」などというのは明らかにバランスを欠いた極右的主張です。こういう意見を何の注釈もなく無批判に羅列するのは、差別を扇動する結果になりかねません。

*4:求められるヘイトクライム対策 京都ウトロでの放火事件で、なぜ22歳の青年は火をつけたのか - インクルーシブな社会のために - NHK みんなでプラス

*5:「我が国は世界で最もマイノリティーに対する差別の少ない国」というのは単なる主観的感想で何の客観的根拠もありません。例えば、移民政策の国際比較指標である移民統合指標(Migrant Integration Policy Index 2020)は56か国を対象に移民政策を8つの分野について評価した指標ですが、2019年時点(最新年)の日本のスコアは100点中47点で、平均49点よりわずかに低く、移民統合が拒否されている国に分類されています(Japan | MIPEX 2020)。特に点数が低いのが反差別政策(スコア16点) です。事実を受け入れた上で「別にそれで構わない。何が悪い」というなら(賛成はしませんが)それはそれで一つの立場でしょうが、「我が国は世界で最もマイノリティーに対する差別の少ない国だ」と根拠もなく信じるのはいただけません。

*6:例えば、PULPさんのこちらの紹介にある通り,露骨な人種差別を扇動していた方が、今回は差別の存在を否定して岸田首相を批判する発言をしています。

*7:どうしようもない排外主義者だとしても、この程度のことに労力を割くよりももっと大切なことはいくらでもあるでしょうね。