柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

金融政策のスクープ報道への疑問

3月に入ってから様々なメディアがマイナス金利解除を連日のように報じています。金融政策決定会合は今日からですし、日銀は何も公的に発表していないはずなのですが、どんな情報源から情報を得たのか、既にマイナス金利解除は確実な話であるかのような報道ぶりです。中にはマイナス金利解除後の枠組みまで詳細に報じているところすらある有様です。マイナス金利やYCCの是非については様々なご意見はあるでしょうが*1、それはさておき、本来は機密であるべき情報がこうも大々的に報じられている状況はさすがにおかしいのではないでしょうか。

リークなら調査すべきですし、ただの憶測ならそれも問題で、市場操作とか風説の流布にあたるでしょう。こういうことを報じているメディアは、法令や内規に違反している政府職員や日銀職員から情報を聞き出したか、大した根拠がないのに確報の見出しで憶測を記事にしたかどちらかです。どちらにしても決して褒められた話ではありません。

際物めいたメディアがそういう手法でスクープ記事を書くなら、まあ話はわかりますが、一流ということになっているはずのメディアが争ってそんなことをやっているのは全く信じがたいことです。ウォーターゲート事件の際のディープスロートのような公益性の高い機密情報を持ち出した政府関係者がいて、どうしても接触する必要があったというならともかく、正式発表前に金融政策の情報を関係者から聞き出して深夜2時にスクープを出すのは社会的意義のある公益性の高い活動なんでしょうか?

私自身は3月初めの報道はリークというよりも、どちらかといえば日銀OB等の日銀関係者や政府関係者の取材に基づく憶測ではないかと思っていますが、先週末の報道についてはリークを疑うべきではないかと思います。リークかどうか明確に断定する証拠はないものの、仮にリークなら日銀の情報管理上、かなり深刻な問題です*2

日銀には、ブラックアウト・ルール*3があり、政策委員は金融政策決定会合の2営業日前からメディアに対して情報発信をしてはならないことになっています。特定のメディアに対して投票行動を伝えるのは(仮にそういうことが本当にあったならばの話ですが)たとえブラックアウト期間前であっても不適切でしょう。政策委員以外の政府の出席者や日銀スタッフも業務上知り得た機密情報を話すのは当然ながら守秘義務違反で許されることではありません。これは決してうやむやにしていい問題ではありませんし、徹底して調査すべきでしょう。

リークかどうかははっきりしないとはいえ情報管理の徹底はいずれにせよ重要ですから、現在のブラックアウト・ルールを厳格化する等の措置も検討すべきです。金融政策決定会合に出席する予定があり資料の配布等を受けている閣僚も資料が配布された時点からは金融政策について取材を受けるべきではないですし、受けた場合は報告義務を設けるべきではないでしょうか。ブラックアウト期間の長さ*4金融政策決定会合の開催期間なども再考の余地があります。

3月19日の金融政策決定会合後の総裁記者会見では、マイナス金利やYCCに関して様々な質問が出るでしょうけれど、果たして日銀の情報管理に関する質問は出るでしょうか。残念なことに、以前のYCC修正の際の記者会見では、日銀の情報管理やリーク疑惑の調査に関する質問は全くありませんでした*5。ですから、正直、今回もあまり期待していません。とはいえ、怪しげなスクープを不透明なやり方で手に入れたりするよりも、そういう問題を追及する方がよほど意義がある取材だと思いますが、いかがでしょうか。

*1:私自身はあちこちでも書いたり話したりしている通り、マイナス金利解除は早すぎると考えます。足元の景気が明らかに落ち込んでおり、物価も先行き下落が予想されている状況で、利上げに踏み切るのは理解に苦しむ決定ですし、リスクが高いと思います。もちろん、日銀はマイナス金利解除後も金利は低い水準にとどまると主張していますし、慎重に行動するつもりではあるのでしょう。しかし、もし仮に3月に利上げに踏み切るとすれば、この時期に敢えてマイナス金利を解除するという行動自体、日銀の今後の金融政策のスタンスが相当タカ派的なものであることを示すメッセージだと受け取られるでしょう。その影響は小さいものではないはずです。マイナス金利解除でも、株価は銀行株の上昇で当座はむしろ好転するでしょうが、それだけで成功や失敗を判断するのはやめておいた方がよいでしょう。以前も書いたことですが、そういう基準はあてにならないものです。

*2:特に特定のメディアが毎回こうしたスクープを出しているのは何故でしょうか?健全なこととは思えません。

*3:金融政策に関する対外発言についての申し合わせ : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp)

*4:ECBやカナダ中銀のブラックアウト期間は7日間です。FRBのブラックアウト期間はFOMC前々週の土曜日から会合後の木曜日までで変則的ですが、大体会合前の10日間程度はブラックアウト期間に入ります。中銀によりますが、ブラックアウト期間を設けている主要中銀の間では大体1週間前後の長さが普通です。日銀でも同程度の期間をブラックアウト期間としてもよいように思います。

*5:それについては以前論評を書いていますので、もしよければご覧ください。