柿埜真吾のブログ

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大規模金融緩和終了の評価

3月の日銀の金融政策決定会合については、既に他の所でも書いていますが、簡単な評価をこちらにも書いておきたいと思います。

会合が始まる前から様々なメディアがマイナス金利解除をあたかも確報であるかのように報じていましたが、予想通り、日銀はYCCの撤廃、マイナス金利解除、ETFJ-REITの買い入れの終了を決めました。マネタリーベースのオーバーシュート型コミットメントも撤廃されました。今回の措置については政策委員会でも判断が分かれましたが、日銀の決定はどう評価すべきでしょうか。

まず、当然ですが、日銀自身は緩和的環境が続くとしてはいますが、今回の措置は明らかに金融引き締めです*1。マイナス金利解除は小さいとはいえ、明らかに利上げです。これが金融引き締めでないというのは筋が通らない主張です。なぜか「金融引き締めではない」といいたがる方が多いのは不思議です。

マネタリーベースのオーバーシュート型コミットメントは拙速な引き締めを避けることを示す日銀の意志表示でしたから、これを外したということは、さらなる金融引き締めが近くあると予想するのが自然です*2。公表文には申し訳程度に「現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」と記載がありますが、この記述では何が「緩和的な金融環境」なのか金利やマネタリーベースをどの程度の水準に維持するのかは全く明らかではありません。メディアでは7月や10月の利上げも予想されています。2006年3月の量的緩和解除の際には7月には利上げが開始されましたから、当て推量なのかリークなのかわかりませんが、さもありなんという予測です。日銀幹部の言動からしても「緩和的な金融環境」が維持されるかどうかは疑わしいでしょう。

今のところ市場も落ち着いており、メディアでは歓迎ムードが大勢ですが、日銀は一体何を急いでいるのか理解できないというのが私の率直な感想です。植田総裁の記者会見を聞いても納得できる理由は見出せませんでした。2023年10-12月のGDPは第一次速報値ではマイナスだったのが第二次速報では上方修正されてプラス0.1%になりましたが、弱い数字であることに変わりはありません。依然としてGDPギャップはマイナスですし、2023年4-6月のピークまで回復もしていません。特に消費の低迷は深刻な状態が続いており、第二次速報値では実質消費はマイナス0.2%からマイナス0.3%に下方修正され、むしろ悪くなっています。家計調査などから見ても直近でも改善がみられるとは言えません。個人消費は「底堅く推移している」という公表文の判断は理解困難です。1-3月のGDP能登半島地震と自動車の検査不正問題による出荷停止の影響などでマイナス成長がほぼ確実です。足元の景気は明らかに悪化しています。景気後退のさなかに緩和終了の条件が整ったというのは理解しがたいことです。

なるほど、物価が急騰している、あるいはそうなる恐れが高いのであれば、景気後退でも引き締めは妥当でしょう。ですが、現状は全くそうではありません。反対に、物価は世界的な資源高というコストプッシュ圧力の落ち着きにより、緩やかに上昇率が低下してきている状況です。ブレークイーブンインフレ率や日銀短観の物価見通しなど、予想インフレ率の指標を見ても、ここ最近特に急騰している兆しはありません。

日銀が敢えて3月利上げを選んだ理由は全くパズルというしかありません。確かに春闘賃上げ率の第一次集計の数字は良かったと思いますが、まだ大企業中心で数字が出そろっているとは言えません。日銀のヒアリング調査の結果や春闘を踏まえて判断したということのようですが、それがそんな急ぐ理由になるのでしょうか。日銀としてもまさか賃金が急騰してインフレが止まらなくなると考えているわけではないでしょう。残念なことに日本経済はそこまで元気ではありませんからそんなリスクは全くありません。特に今は景気が失速し消費が不振である状況ですから尚更です。早めに動かなければならない理由は何もなかったのではないでしょうか。

仮にマイナス金利解除が正しい決定だとしても、現状は、政策転換の数か月の遅れが致命的になるような状況ではないはずです。少なくとも、4月の展望レポートで日銀自身の経済物価情勢の認識を述べてからの方が説明責任の観点からもすっきりしたでしょうし、6月に春闘の結果が判明するまで待ったところで大きな問題はなかったでしょう。待つことのリスクよりも早すぎる引き締めのリスクの方が大きいというのは植田総裁自身つい最近までおっしゃっていたことであるはずです。経済の現状について不確実性は極めて高いと言いながら、こうした措置を講じるのは説得的ではありません。

おそらく、日銀としては今回の修正は微修正で、大した話ではないという認識なのでしょう。もちろん、今回の政策変更がデフレ下で強行された2000年のゼロ金利解除や2006年の量的緩和解除と同じレベルの失敗だとまで言うつもりはありませんが、そうはいっても、やはり先走り過ぎという感があるのは否めません。黒田前総裁以来、日銀は予想に働きかける金融政策を続けてきたはずです。決して良いと言えない経済状況で緊急の必要もないにもかかわらず敢えて3月にマイナス金利を解除するという決定自体、ネガティブなメッセージであり、日銀の2%目標への信認を損なうものであると考えます。日銀の楽観的想定通りに進めばそれに越したことはありませんが、そうなるかどうか極めて懐疑的にならざるを得ません。大規模緩和の枠組みを放棄したことで、日本経済は海外発の景気後退等の不測の事態に対してより脆弱になったといえるでしょう。

*1:過去のYCCの修正の際は、これはYCCの持続性を高めるための微修正で引き締めではないという但し書き付きでしたが、今回そうでないのは明らかです。

*2:実際、植田総裁も記者会見で将来は中銀のバランスシート縮小を考えていると述べていますし、その後も利上げを意図するような発言が日銀幹部から相次いでいます。