柿埜真吾のブログ

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増税に頼らず?

岸田首相の「異次元の少子化対策」は結局、異次元の増税に終わるのではないでしょうか。自民党の茂木幹事長が4月4日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、「増税に頼らず」に社会保険料を財源として少子化対策をするという趣旨の発言をされたことが話題になっています。

[深層NEWS]少子化対策の財源で茂木幹事長「増税に頼らず」「様々な保険料について検討」 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

政府が少子化対策の財源に社会保険料の引き上げを検討しているという報道は以前からありましたから、茂木幹事長の発言はそれを裏付けるものといえるでしょう。

政府、少子化対策の加速プラン発表 財源に社会保険料引き上げ検討 | 毎日新聞 (mainichi.jp)

名前がどうであれ、社会保険料は強制的に徴収されるのですから紛れもない税金です。実際、社会保険料は、米国ではPayroll tax(給料税)と呼んでいます[1]

社会保険料は現役世代が払うわけですから、これは少子化対策の財源を現役世代だけに求めるというのと同じことです。現役世代内の再分配で少子化対策をするというのは果たして公平性の観点から言って正当化できる政策でしょうか。

岸田政権の打ち出す少子化対策は、児童手当の拡充、育休中の給付率の引き上げ、出産一時金の拡充など、基本的に結婚していて子供を持っている家庭への優遇策が中心です。これは少子化の原因の相当な部分が未婚率の上昇であることを考えれば、効果が乏しい対策だと考えられます。夫婦の完結出生子ども数(夫婦が平均して何人子供を産むか)は、近年になって晩婚化の影響から多少の低下がみられるものの、1970年代から2前後でほぼ変わっていません。近年の出生数の減少は婚姻数の減少による部分が大きいと考えるのが自然でしょう。

出所:厚生労働省「人口動態統計」

出所:国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」

効果がある少子化対策があるとすれば、未婚率を低下させるような政策でしょうが、未婚率の上昇は生活スタイルや価値観の変化を反映しています。そう簡単に今の傾向が変わることは考えにくいでしょう。子供の養育費がかかるから結婚しないというカップルもいるでしょうから子育て支援策も理論上効果がないとは言えませんが、各種の統計からみてそのようなカップルは少数派です。少子化の背景には所得の低迷があるという主張には一理はありますが、都道府県別に見れば所得の低い地域の出生率が低いといった傾向はなく(むしろ逆)、経済的支援が出生率を大きく引き上げるといった主張には根拠が乏しいと考えられます。

岸田政権の検討しているような子育て支援策を現役世代への課税で賄う政策は、いわば恵まれた家族に対する逆再分配です。社会的に他人とかかわるのが苦手だったり経済的理由から結婚できなかったりする独身者や、子供を持ちたくても持てない障害を抱えておられる若いご夫婦への課税だといってもよいでしょう。

消費税に比べると何故か批判を受けることは少ないようですが、社会保険料は極めて逆進的な税金です。年々引き上げられており、ただでさえ高すぎる社会保険料をさらに引き上げるのは極めて問題が多いと考えます。むしろ異次元の対策というなら社会保険料の引き下げをやる方がずっと良いでしょう。少子化対策としてどの程度効果があるかはともかくとして現役世代への支援にも景気対策にもなります。

過去に延々と続けられてきた少子化対策出生率に目に見える影響を与えた形跡は殆どないのですから、何の検証もなしにその延長線上にある「異次元の少子化対策」に踏み切り、そのつけは現役世代への増税で賄うといった政策は望ましいとは思えません。

常識的に考えれば、少子化対策の一発逆転のような妙案はありません。子育てのしやすい、女性の働きやすい環境を社会全体として支援することは重要ですが、何が何でも子供を産むことが素晴らしく、独身者や子供のいない夫婦が窮屈な思いをするような「産めよ増やせよ」政策に未来はないでしょう。

 

[1]なお、保険料というと、今自分が支払ったものが積み立てられて、将来返ってくるようなイメージがありますが、日本の場合、年金など社会保障制度は事実上、賦課方式で運営されています。賦課方式というのは、現役世代が払った年金保険料が退職世代の年金に使われる方式です。つまり、その意味では支払った”保険料”と給付水準はリンクしていないわけです。ですから、これは米国式に税金と呼ぶ方が正確でしょう。