柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

Money Matters

昨日の日経新聞に、欧米の金融不安が長引く可能性を指摘した記事が出ていました。

金融不安、長期化の恐れ 世界に残る危機の芽 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

貨幣的要因を軽視する見方が多い中で、米国の広義の貨幣量(M2)の急激な減少に警鐘を鳴らす記事の内容は、大変啓発的でした。M2の増加率の急激な低下は、昨年12月に出版した『自由な社会をつくる経済学』で岩田規久男先生も私も懸念を表明していた点ですが、直近3月6日時点では前年同月比の増加率はマイナス3.1%とかなり大きな数字になっています。

最近の貨幣量の減少は、コロナ禍で貨幣需要が急増したのに対応した反動もありますから、これが直ちに深刻な不況に結びつくとは言えませんが、ここのところ米国の貨幣の変動があまりにも大きすぎるのは懸念すべき問題です。FRBの金融政策は急激すぎる緩和から急激すぎる引き締めへとあまりに極端に動き過ぎていると言わざるを得ないでしょう。貨幣の安定が景気と物価の安定につながるというマネタリストの洞察を忘れるべきではありません。大恐慌は貨幣の大幅な減少によって深刻化したのです。

貨幣量の減少は資産価格の下落を伴うのが普通ですが、実際、昨年は債券価格も株価も2割近く下落しています。SVB等の破綻は単なる個別の金融機関の経営問題というよりは氷山の一角に過ぎず、他にもリスクを抱えている金融機関は少なくないと考えられます。記事も指摘するように、不動産価格の下落がさらなる危機を招く危険性はかなり高いでしょう。

図は住宅価格上昇率と1年前のM2の増加率の関係を示したものです。両者にはそれほど密接な関係はありませんが*1、極端なM2の変動は1年程度のラグを伴いながら、住宅価格の大きな変動を引き起こす傾向があることがわかります。特にコロナ禍後の急激な住宅価格上昇はFRBの過度な金融緩和による過剰流動性と無関係とは考えにくいですし、現在のような急激な貨幣の収縮は住宅価格下落につながる可能性が高いと考えられます。

出所:住宅価格はS&P Dow Jones Indices LLCのS&P/Case-Shiller U.S. National Home Price Index, M2はFederal Reserve Boardより作成.

出所:住宅価格はRobert J. ShillerのNominal Home Price IndexをS&P Dow Jones Indices LLCのS&P/Case-Shiller U.S. National Home Price Indexで延長.M2はFriedman and Schwartz(1963), およびFederal Reserve Boardより作成.

FRBが金融システムを守るために迅速に行動している点を考慮すれば、大恐慌のような金融危機が起きるリスクは極めて低いと思いますし、リーマン・ショックのような事態も今のところは考えにくいですが、このまま景気後退なしに高インフレが鎮静化されるというシナリオは非現実的でしょう。

たとえ銀行の取り付け騒ぎが収まり、金融システムの破綻を防ぐことができたとしても、金融機関は自衛のために、融資態度を厳格化させるはずです。これは消費や投資を落ち込ませることになり、当然景気を後退させるでしょう。これまで非常に強かった雇用関連の指標もここにきて崩れ始めていますし、米国の景気について楽観的な見方をするのは難しいと考えます。欧州の景気についても同様のことが言えます。

*1:これは貨幣的要因だけでなく、人口動態や住宅市場への規制あるいは住宅バブルといった要因も住宅価格に大きな影響を与えているからです。特にサブプライムローンバブルとその崩壊の期間は関係が大きく崩れています。