柿埜真吾のブログ

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黒田総裁の退任

今日、黒田東彦日銀総裁が退任されました。10年間、消費増税やコロナ禍といった大きな逆風に見舞われながらも、日本経済を支えてきた功績は大変大きいと思います。

昨日の最後の記者会見で黒田総裁自身が指摘されたように、量的・質的金融緩和により、日本は2013年以降、デフレではない状態を実現し、それまで15年続いていたデフレから脱却しました。2%のインフレ目標の持続的達成には至らなかったものの、大胆な金融緩和により労働市場はタイト化し、女性と高齢者の雇用を中心に400万人以上の雇用を生み出しました。人口減少にもかかわらず、雇用が大幅に増加したのは、それまでデフレ不況で仕事に就きたくても仕事に就けず、就業をあきらめていた潜在的な労働者が景気の好転で労働市場に参入するようになった結果です。アベノミクスが目指した一億総活躍社会の実現、女性の働きやすい社会の実現に黒田総裁は大きな貢献を果たしたといえるでしょう。

昨年は日銀にとって試練の年でした。エネルギー価格や食糧価格高騰を「異次元緩和の副作用」だとする激しい批判が起き、発言の切り取りによる黒田総裁への人身攻撃さえありました。しかし、黒田総裁は世界標準のマクロ経済学に則った政策を堅持し、理不尽な批判には屈しませんでした。従来の日銀総裁であれば、とっくに金融引き締めに転じていたことでしょう。批判が高まる中でも黒田総裁が金融緩和を粘り強く続けたことがコロナ禍からの景気回復と賃上げを後押しし、今日の30年ぶりの賃金の上昇につながっているわけです。日本経済の回復に果たした黒田総裁の功績は高く評価されるべきでしょう。

黒田総裁の批判者は、最近の資源価格高騰を“異常な”金融緩和の副作用であるかのように喧伝していますが、資源価格高騰はウクライナ戦争に伴う混乱という国際的な供給ショックによるものです。実際、資源価格の高騰によるインフレは日本だけでなく、世界中で起きていますし、異次元緩和などしていない欧米の方が日本よりも遥かに深刻な状況です。日本のインフレ率は10%近いインフレに苦しむ欧米諸国と比較して極めて低く、直近では既に低下に転じています。「生活苦は黒田総裁のせい」といわんばかりの論調は全く理不尽です。批判されるべきは日銀ではなく、残忍な侵略戦争を始めたロシア政府なのは明らかです。

資源価格高騰という相対価格の一時的変化に対して金融引き締めで対応すれば、資源価格は確かに下落したかもしれませんが、雇用の悪化でそれ以上に賃金が下落し、資源の相対価格は殆ど変化せず、単に景気の悪化を招いただけだったことでしょう。日本の物価上昇は大部分が輸入物価の上昇による一時的なコストプッシュ・インフレであり、金融引き締めで対応するべきではないという黒田総裁の判断は全く正しかったといえます。

黒田総裁は景気と物価の安定のために全力を尽くされ、職責を全うされたと思います。日本経済は今、2%インフレの持続的達成の目前まで来ています。2%目標達成のためには、現在の賃上げの流れが持続的なものになり、賃金と物価の好循環が続く環境が実現するよう金融緩和を拙速にやめないことが何よりも重要です。植田和男新総裁には黒田総裁の遺産を受け継ぎ、デフレ脱却が確実になるまで着実な金融緩和を続けていただきたいと思います。