柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

男女平等と規制改革

3月8日は国際女性デーでした。日本では(というか日本に限らず多くの国でもそうですが)、女性の権利を支持し男女平等を主張する人は大きな政府を支持しがちです。逆に小さな政府の支持者は、そうした運動を疑いの目で見ている場合が多く、男女平等はすでに実現していると考えがちです。これは非常に不幸なことだと思います。自由主義と女性の権利は別に矛盾しませんし、むしろ補完的なものです。これは何も私が勝手に言っているのではなく、ケイト―研究所の名誉シニアフェローを務める著名なリバタリアンDavid Boaz氏*1等も強く主張している点です*2

歴史的に見て、女性の権利を最も侵害してきたのは政府です。例えば、多くの国では女性の財産権や参政権なども長く認められてきませんでした。欧米諸国では事務職や教職などを中心に、19世紀後半から1970年代ごろまで女性は結婚すると仕事を辞めなければならないという結婚退職制度(marriage bar)が存在していました。これについては昨年ノーベル経済学賞を受賞したハーバード大のクラウディア・ゴールディン教授の研究があります*3女性差別に限らず人種差別やその他の問題にも当てはまることですが、政府の規制は社会の偏見を支持し、差別を固定化する上で無視できない役割を果たしてきました*4

もちろん、日本も例外ではありません。「日本では法律上の女性差別などない」といった主張はよく見かけますが、実際には日本の法律には女性差別的な規定がごく最近まで残っていました。例えば、非嫡出子の相続分差別が最高裁違憲判決で是正されたのは2013年、男女の婚姻年齢が統一されたのは2022年で極めて最近です。女性だけに適用される再婚禁止期間の規定(民法733条1項)*5は、2023年の改正でようやく撤廃が決まりました(2024年4月から施行)。離婚後300日以内に生まれた子供は前夫の子とするという嫡出推定の規定(772条2項)*6はDNA鑑定のある時代には全く不合理な明治時代の法律の名残ですが、2023年改正で改善されたものの、今もなくなっていません*7民法750条の夫婦同姓の規定*8も実際に姓を変えるのは女性が圧倒的に多い(95%)ので、女性差別として機能しているのは周知の通りです*9。このような規定がある国は日本しかありません。夫婦の姓をどうすべきかなどという問題は夫婦が話し合って決めれば良いことです。政府がそんなものを決めるのは反自由主義そのものでしょう*10

専業主婦を前提とした年金制度や税制も、女性の労働市場への参入を妨げる規制の最たるものです。税金の壁の問題を回避しようとして、女性のパート労働者*11が稼ぎが増え過ぎないように労働時間を調整しているのは周知の事実ですが、これは経済にもマイナスです。中立的な個人単位の社会保障・税制を実現することが望ましいでしょう。

一見、目立たないような規制でも女性の活躍を妨げる規制は少なくありません。例えば、日本では、低用量経口避妊ピルの承認が欧米先進国の40年近く後でしたが*12、現在も服用には医師の処方箋が必要です。日本では今もピルの利用率は0.9%と先進国でも最低水準ですが*13、これはピルの購入が医師の処方箋なしでできず、ハードルが高いことと無関係ではないでしょう。避妊を目的としたピルの服用は保険適用外で、薬代と別に診断にも料金がかかりますし、赤の他人にそうした相談をすることを躊躇する方も多いでしょう*14。欧米諸国ではピルや緊急避妊薬(アフターピル)は医師の処方なしに市販で購入可能です。コロナ禍以降、日本でもオンライン診療での購入が可能になり規制緩和がなされましたが、欧米同様の規制撤廃が必要だと考えます。

女性の社会的地位の向上に低用量経口避妊ピルの登場が果たした役割を検証したゴールディン教授の研究は非常に有名です*15。彼女の研究によれば、ピルの登場により女性のキャリアが望まない妊娠で中断される可能性が低下し、専門職に就くための教育を受ける女性が増えたことが指摘されています。日本は男女間賃金格差が大きい国ですが、女性の大学での専攻分野はOECD先進国と比較して理工系が少なく文系に偏っています。これはピルの規制が緩和され、普及率が上昇すれば変化する可能性が高いでしょう。

この他、女性が従事することが多い教育や介護等の産業や就業形態への規制も間接的に女性の活躍を阻害していると言えるでしょう。鈴木亘学習院大学教授をはじめ多くの方の指摘されているように、待機児童問題は保育所の参入規制に加え、税金が投入された認可保育所の低すぎる利用価格と恣意的な割当といった社会主義的規制の問題です。

もちろん、自由競争だけで女性の権利が保障されるとは言いませんが、女性差別是正には競争の促進は極めて有効な手段です。リバタリアニズムフェミニストにもメリットがあるのです。市場競争の促進以外の結果の平等を促進するような政府介入の是非には議論がありますが*16、現時点ではそもそも対等な競争を保障する法的枠組みさえが整っていないのですから、効果の疑わしい規制をさらに増やす前に、まずは男女平等を妨げている規制を取り除くのが急務です*17

*1:例えば、次の論説を参照。Libertarians and the Struggle for Women's Rights | Cato Institute 以下のスピーチも素晴らしいものです。David Boaz gives a speech, "The Rise of Illiberalism in the Shadow of Liberal Triumph," at LibertyCon International 2024 hosted by Students for Liberty | Cato Institute

*2:自由主義の発展に貢献した著名な女性思想家については、自由主義の団体Students For Libertyの一連のXポストや英国のシンクタンクIEAのパンフレット等が簡潔でわかりやすいでしょう。

*3:なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学 | クラウディア・ゴールディン, 鹿田昌美 |本 | 通販 | Amazon

*4:もちろん、これまでは差別を推進してきた政府をこれからは自分たちが動かして、差別を是正する力として利用しようというのはわからないでもありませんが、そもそもそ多数派の偏見に奉仕しがちな政府を偏見の是正のために使うのはなかなか困難です。政府の力そのものを制限する方が結果的に差別の是正につながる可能性は高いと思います。

*5:「女は、前婚の解消又は取消しの日から起算して百日を経過した後でなければ、再婚をすることができない。」

*6:民法 第772条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

*7:300日規定は扶養義務を負う父親を明らかにして子供の利益や権利を保護するためだとされてきましたが、明らかに差別的で受け入れがたいものです。300日という日数には全く科学的根拠がありません。DNA鑑定ができる時代に明治時代の規定を使い続けてきたのは全く時代錯誤ですし、そもそもそういった規定が子供の権利の保護につながったとも考えられません。むしろ逆に、嫡出推定の規定があったために、離婚後に出産した女性が自分の子供が離婚した夫の子とされるのを避けるために出生届を出さず、無戸籍の人が生まれてしまう問題が発生してきました。2023年改正では、300日規定は廃止しないものの、女性が再婚した場合は生まれた子を現夫の子とする例外規定が新設されました。これはもちろん改善ですが、再婚せず事実婚のケース、DVなどで夫と別居しているものの夫がそもそも離婚に応じてくれないケース等を考えれば例外規定で対応するのは全く不十分です。300日規定そのものを廃止するべきでしょう。

*8:民法 第750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

*9:他の場所(例えば1, 2)でも書いているので詳しくはそちらを見ていただきたいですが、夫婦同姓の強制は女性のキャリア形成の妨げになってきました。特に、学者のような専門職の仕事では、姓が変わることで過去の業績が本人のものと認知されなくなるのは致命的です。通称使用の拡大が進められていますが、通称使用では口座開設等できないことは多いですし、海外では通称はもちろん通用しませんから、海外で活躍する際には様々なトラブルの原因になってしまいます。米国では女性の社会進出が進むにつれ夫婦別姓が増加したことがわかっています(Goldin, C, and Shim, M. (2004) "Making a name: Women's surnames at marriage and beyond." Journal of Economic Perspectives 18.2 : 143-160)。日本で夫婦同姓が強制されてきたのは女性の社会進出を妨げる規制として機能してきた可能性が高いと言えます。選択的夫婦別姓という規制緩和は日本の女性の活躍の機会を大きく広げることになるでしょう。

*10:経済活動の自由を主張しながら、最も個人的なものであるはずの夫婦の私生活への介入を支持する方もいますが、一体何を考えておられるのか理解できません。政府が物質的生活の導き手として信頼できないなら(そう思いますが)、私生活や心の問題の導き手としては尚更信頼できないと考えるのが普通ではないでしょうか。アルゼンチンのミレイ大統領は中絶禁止を主張していますが、自由市場経済を説く主張と中絶禁止のような介入主義の家族政策は矛盾しています。

*11:なお、正社員を保護する規制、例えば、派遣社員の3年ルールや5年ルールのような規制は派遣社員スキルアップを妨げる結果につながりがちですが、これも非正規社員には女性が多いため、事実上の女性差別として機能します。

*12:ピルの承認は米国が1960年、日本が1999年です。

*13:World Contraceptive Use | Population Division (un.org)

*14:安全のためには購入が難しい方がいいのだという意見もあるかもしれませんが、日本の避妊方法は現代的な方法を利用する比率が低くOECD諸国でも最低水準です。安全性を大義名分にした規制がかえって安全でない結果を招く好例です。

*15:Goldin, C., and Katz, L. F. (2002). ”The power of the pill: Oral contraceptives and women’s career and marriage decisions," Journal of political Economy, 110(4), 730-770.

*16:フェミニストの方の中には結果の平等を推進するための政府介入を支持する向きもありますが、「女性は優遇しなければ男性と対等に競争できない」などというのは正に差別的な主張ではないでしょうか。もちろん、検証に耐えるようなはっきりした効果が確認でき、社会的に支持できる理由がある規制があるならば検討する必要はあると思いますが、闇雲な介入には反対です。

*17:日本が法的差別のない男女平等を保障してきた国であるといった主張は全くの幻想です。日本には政府による差別だけでなく、民間でも様々な差別がありますが、法的な平等さえ未だに十分に担保されていないのが現状なのです。結果の平等を求めるための規制には様々な議論があるとしても、現状では女性の権利を積極的に妨げている規制があるのですから、その撤廃を主張するのは首尾一貫した自由主義者であれば当然のことです。私の基本的な考え方については以前の投稿でも触れていますので、こちらもご覧いただければ幸いです。