柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

男女共同参画センターをめぐる誤解

自分にとって好都合な情報ばかりに飛びついていると、陰謀論的な思考に陥ってしまいがちです。主張の結論が心地良いかどうかではなく、情報の真偽をきちんと判断することが重要です。今回はその好例と言える以下の事例を取り上げたいと思います。

男女共同参画社会をめぐっては様々な意見があるでしょう。しかし、どんな意見であれ、事実に基づいた意見である必要があります*1フェミニストに批判的なのはそれはそれで一つの立場であるとしても、これは無理筋です。業務内容も誤解していますし、予算額も誤解しています。

令和4年度の国家予算の男女共同参画費は15億円です*2。このうち、配偶者からの暴力や性暴力被害者等を支援する民間シェルターやワンストップ支援センターの運営費等は4億5千万円です。日本政府の税収は100兆円ではなく70兆円程度で100兆円というのは一般会計予算の数字ですが、男女共同参画費は一般会計予算の10分の1どころか1万分の1にすら届きません。

都道府県・政令指定都市男女共同参画・女性のための施設整備費をみても、22億7047万4千円に過ぎません。地方自治体の男女共同参画センターの平均事業予算額政令指定都市で8861万6千円、 都道府県で7168万9千円、市区町村で2199万円です*3。男女雇用参画センターは男女共同参画の推進を目的とした広報啓発や講座の開催、女性の子育てや健康等の相談、情報収集・提供といった事業を主として実施しているところです*4。いくら盛大に無駄遣いしても、こんな業務に10兆円も使えるわけがないのは常識的にわかるでしょう。もちろん無駄な予算はカットすべきですが、それで節約できる予算の規模に関して非現実的な見通しを持つべきではありません。

では、10兆円という数字はどこから出てきているでしょうか。これは男女共同参画推進関係予算の数字だと思われます*5。この予算は確かに10兆円ありますが、その中身は皆さんの想像するようなものではありません。これについては既に良質のファクトチェック記事がありますが、簡単に言うと、この予算は、各省庁の男女共同参画と多少関係ありそうな予算をまとめたものに過ぎず、その中身は「フェミニスト予算」というにはほど遠い代物です。特に金額が大きな項目は、「介護給付費国庫負担金等」、「良質な障害福祉サービスの確保」、「児童手当制度(国庫負担分)」、「子どものための教育・保育給付等(国庫負担分)」の4つで、これらだけで70%以上になります。金額の大きい4項目以外についても中身は似たようなものです。要するに男女共同参画推進関係予算と男女共同参画との「関係」は極めて希薄ですし、フェミニズムとの関係は殆どないものです。

もちろん児童手当などは廃止した方がよいという議論はありうると思いますし、現行制度の無駄を改善すべきだというのはその通りです。ですが、10兆円という数字は一般に想像される「フェミニスト予算」の無駄遣いとは殆ど全く関係がありませんし、まして10兆円が「男女共同参画センター」に使われているなどというのは明白なデマです。そういう虚偽の論拠で廃止を訴えるのは不適切です。

こういうことを書くと、「いずれにせよ、無駄遣いを糾弾していて、小さな政府につながるなら、細かいことはいいではないか」とか「柿埜はフェミニスト押しで無駄遣いの味方だ」とか言われそうです。もしそういう感想を持たれるようでしたら、私の書いたことはまるで伝わっていないとしか言いようがありません。私が言いたいのは、「誰それの味方か敵か」、「**の推進に役に立つかどうか」というような理由で、証拠を吟味しないで物事を判断する党派的思考では正しく物事を判断することはできないということです*6

フェミニスト予算」だろうがアンチフェミニスト予算だろうが、無駄な予算は全廃すればいいでしょう。しかし、自分が何を言っているのか何をいくら削ろうとしているのかぐらいは正しく認識している必要があります。そうでないと、結局は無駄をなくすという肝心な目標も達成できないのです*7。これに限りませんが、何であれ、その記事の結論が好きか嫌いかだけで物事を判断すると間違った結論に飛びつくことになりがちです。論証の妥当性、議論の証拠になる情報は正確かどうか常に疑いを持ってみることが重要です。「誰それは**党だから正しい」といった党派的姿勢で物事を見るのは、お勧めできない姿勢です。不都合な事実であっても正しい根拠があれば受け入れる姿勢が大切です。

*1:今回の投稿の趣旨には無関係ですが、一応、男女共同参画社会に関する私自身の立場を書いておきます。私は女性の社会進出に賛成ですし、男女差別に反対です。誰とは言いませんけれども、「女性は働くべきではないしその方が本人も幸福なのだ」とか「生物学的差異があるから男女格差は女性が自分で選んだ結果」とか「差別ではなく区別」などと言い張る「アンチフェミニスト」の方とは正直言って全く価値観を共有できません。ただ、だからといって、男女共同参画社会の実現手段として闇雲に効果の疑わしい規制を増やすことには強く反対です。効果の疑わしい規制は「女性は優遇されているから云々」と言いたがる差別主義者をつけ上がらせるだけです。むしろ女性の活躍を妨げる政府規制(130万円の壁をはじめとする「税金の壁」、教育や医療・介護分野の参入規制、避妊薬の許認可の遅れ等)の撤廃により競争を促進し、民間の道徳的説得や啓蒙活動に努めることが重要だと考えます。競争はもちろん万能薬ではないですが、市場経済の下では不合理な差別をしている企業は競争上むしろ不利になりますから、通常は差別は自然に減少していきます。実際、グローバル化の進む下で、男女間賃金格差はゆっくりとですが世界的に縮小しています。

*2:「共同参画」2022年3・4月号 | 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)

*3:資料1 男女センター概況 (gender.go.jp)

*4:女性センター | 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)

*5:令和5年度予算についてはこちらを参照してください。

*6:小さな政府を求めるのに反フェミニズムとか殊更にそういう色を付ける意味はないでしょうし、無駄な対立を煽るのは生産的ではありません。日本ではまだマイナーですが、英米には自由主義(リバタリアニズム)のフェミニストもちゃんといます。小さな政府と女性の権利の擁護は全く矛盾しません。

*7:まあ、もしもあなたがただ単にフェミニストへの憎悪を煽ること自体が目的なら不正確でも何でもいいでしょうけれど、私は善意の人に話しているつもりです。