柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

政府支出万能論と不都合な真実

皆様、お久しぶりです。時間の都合と体調不良でしばらく書きませんでしたが、久々に投稿します。今日は経済成長と政府支出の関係についてお話しましょう。

政府支出を増やせば、経済は必ず成長するでしょうか。場合によるとしか言いようがありません。もしそれだけで経済成長するなら経済学など不要でしょう。

極めて簡単な分析からも政府支出万能論のおかしさは明らかです。図1は、都道府県別に見た一人当たり実質政府支出と一人当たり実質GDP(県民総生産)の関係を見たものです*1。政府支出の多い地域の方が所得が高いといった関係は認められません。係数の傾きはむしろマイナスです。ただし、決定係数は極端に低く、統計的に無相関と判断するのが妥当でしょう。

出所:県民経済計算

なお、都道府県別ではなく、関東、近畿、九州といった地域ブロック別に見た場合はよりはっきりした負の相関になります(図2)。つまり、一人当たり政府支出が多い地域は一人当たり所得が低いということです。

出所:県民経済計算

一人当たり政府支出の成長率と一人当たり実質GDP成長率の関係を見た場合はどうでしょうか。図3、図4は、2011-2019年度の一人当たり政府支出の年率成長率と一人当たり実質GDPの成長率の関係を見たものです。この期間を選んだのは連続したデータを得られるのが2011-2019年度だからです。

成長率で見た場合も分析結果は殆ど同じです。政府支出の成長率は、都道府県別(図3)では実質GDP成長率と無相関、地域ブロック別(図4)では負の相関です*2

出所:県民経済計算

出所:県民経済計算

もちろん、これは相関関係を示しただけであり、極めて簡単な分析に過ぎません。こうした関係が生じる理由には様々なものがあるでしょう。地域別の負の相関は、単に元々経済成長していない地域に政府支出を増やしたためかもしれません。実際、日本では、斜陽産業の多い地域に政府支出を増やす傾向があるので、これは不思議ではありません。ですから、この図から政府支出はGDPを減らすとか、全く無意味であるといったセンセーショナルな結論に飛躍するのは妥当ではありません(私自身そのようなことを主張したいわけではありません。念のため)。以前の投稿でも触れましたが、様々な要因をコントロールした分析では、政府支出の乗数は小さいものの一応はプラスです*3

しかし、「何でもいいからとにかく政府支出をがんがん増やせば、経済は成長する!」というほど話は簡単でないのは明らかでしょう。政府支出が経済成長を高める効果はあるとしても諸々の要因に相殺されてしまい、少なくとも統計上は確認できません。政府支出拡大の効果ははっきり言って大きくないのです。不況時には政府が一定の役割を果たすのは事実ですが、経済成長の原動力は究極的には民間の自由なイノベーションであり、政府支出ではありません。地域経済活性化というと「政府が”何か”しなければ」という話になりがちですが、データを見る限り、そういった発想には根拠が乏しいといえるでしょう。

経済が完全雇用に近づけば闇雲な政府支出拡大は民間部門の支出と競合し、その一部をクラウド・アウトすることになります*4。何であれ、とにかく政府支出を増やせばいいというのはあまりに楽観的な意見です。

*1:一人当たり実質政府支出は、実質地方政府等最終消費支出、実質公的固定資本形成、実質公的在庫変動の合計を人口で割って算出。一人当たり実質県民総生産は、実質県民総生産を人口で割って算出。

*2:なお、煩雑になるので掲載しませんが、これは分析対象を政府投資だけに限ってみた場合も変わりません。都道府県別では一人当たり実質政府投資と一人当たり実質GDPには統計的な関係がなく、地域ブロック別に見た場合は負の相関です。成長率で見た場合も一人当たり実質政府投資成長率と一人当たり実質GDP成長率には統計的な関係がなく、地域ブロック別に見た場合は負の相関です。

*3:多くの実証研究では、減税に比べれば政府支出の効果は小さいことがわかっています。これも以前の投稿をご覧いただければ幸いです。

*4:こういう風に言うと、政府支出は民間の支出をクラウド・アウトするなどというのは「主流派経済学」の妄想だという方がいるかもしれませんが、政府支出が民間の支出をクラウドアウトする現象は現実に起きます。例えば、戦時中の日本を考えてください。戦時中、軍事物資の生産拡大によって消費財の生産に充てられる物資が不足し、生活水準が大きく低下したのは皆さんもご存じの通りです。まさか日本が米国に勝てなかったのは政府支出が足りなかったからだなどという方はいないでしょう。政府支出を増やし続ければそれだけ経済が拡大するというのは単純すぎる見方です。