柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

技能実習制度の廃止提言

「大半の労働者にとって最も頼りになる有効な保護は、多数の雇用者が存在していることによって提供される。…雇ってくれる可能性がある雇用者がただ一人しかない人々は、僅かな保護しかもたないか、あるいは全くもっていない。労働者を守る雇用者がいるとすれば、それはその労働者を喜んで雇いたいと思っている複数の雇用者である。彼らはその労働者のサービスを求めているので、その労働者の仕事に完全に見合った賃金を払うことが雇用者自身の利益になるのである。もしもある雇用者が十分な賃金を払わないならば、他の雇用者が喜んで払うと言い出すだろう。労働者が提供するサービスへの雇用者たちの競争こそが労働者に本当の保護を与えてくれるのである」―M&R・フリードマン[1]

このほど政府の有識者会議が外国人労働者技能実習制度の廃止と新たな制度の創設を提言しました。技能実習制度の下での外国人労働者への人権侵害が国際的にも大きな問題になってきた中で[2]、遅きに失した感はありますが、歓迎すべき提言です。

「技能実習制度を廃止 新制度へ移行を」政府の有識者会議 | NHK | 技能実習生

技能実習制度は、外国人が働きながら日本の優れた技術を学ぶという建前ですが、その実態は建前とはかけ離れています。技能実習生の多くがとりわけ高い技能を必要としない過酷な低賃金労働に従事しており、安全面の問題や賃金、労働時間等の法令違反も少なくないのは周知の通りです。差別や虐待等の事件も絶えず、2021年には技能実習生の失踪者は7167人に上っていますが[3]、こんな制度は破綻しているとしか言いようがないでしょう。

有識者会議の議論でも指摘されていますが、現行制度の最大の問題点は、実習生が実習先を変更する自由がない点です。冒頭に引用したフリードマンの言葉の通り、労働者を守る最も強力な保護者は、労働市場における競争です。労働者の獲得をめぐる潜在的な競争にさらされていない雇用者は、労働者に対して職権を乱用したり不当な圧力を行使したりする誘惑にかられやすいものです。

技能実習生に対して実習先は唯一の雇用者の立場にあります。技能実習生は職業選択の自由がなく、少し厳しい言葉を使いますが、いわば会社の奴隷のような存在です。もちろん、善意の雇用者もいるでしょうが、誰もがそうではありません。現行制度の下では、無理な要求を突き付けたり賃金を約束通り払わなかったりといった雇用者の権限の乱用が起きるのは必然的といえるでしょう。

労働者の環境を改善するためには、雇用者がたとえ道徳的に立派だったり博愛的な人だったりしなくても、労働者に適切な賃金を払い、きちんとした労働環境を提供することが一般に雇用者自身の利益になるような制度が必要です。そのための最も信頼できる強力な手段は市場の競争であり選択の自由なのです。

技能実習制度はまさに選択の自由と競争という資本主義の大原則を否定するものであり、反資本主義の制度の最たるものといえるでしょう。そのほかの反資本主義の制度(封建制農奴制、社会主義計画経済等々)と同様に、こうした制度が失敗に終わるのは全く驚きではありません。高度外国人材受け入れや開かれた国を標榜しながらそれとは全く逆の政策を続けてきた日本の移民政策は抜本的見直しが必要です。今後の移民政策は自由市場を活用し、外国人労働者の人権を守るものであるべきでしょう。

 

[1]Milton & Rose Friedman(1980), Free to choose : a personal statement, Harcourt Brace Jovanovic,p.246(邦訳はM&R・フリードマン『選択の自由』545頁.訳は拙訳による).

[2]国務省の「人身売買報告書」(2022 Trafficking in Persons Report - United States Department of State)は日本の技能実習制度が事実上の強制労働につながるリスクを指摘しています。この報告書は、人身取引被害者保護法(Trafficking Victims Protection Act, TVPA)の基準に基づく3段階評価で、日本をTier2(基準を満たす努力はしているものの基準を満たしていない国)に位置付けています。ちなみに、基準を満たす国(Tier1)は30か国で、殆どの先進国がここに含まれます。

[3] 公表情報(監理団体一覧、行政処分等、失踪者数ほか) | 出入国在留管理庁 (moj.go.jp)