柿埜真吾のブログ

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産経新聞の「ごまかしの選択的夫婦別姓議論」

産経新聞の選択的夫婦別姓特集が話題です。年始から産経新聞は「ごまかしの選択的夫婦別姓議論」と題し、選択的夫婦別姓を大々的に批判するキャンペーンをしています。第一弾は選択的夫婦別姓の是非を問うた小中学生向けアンケートです。

<独自>選択的夫婦別姓、小中学生の半数が反対、初の2000人調査「自分はしない」6割

産経曰く、「選択的夫婦別姓制度の導入をめぐり、小中学生のほぼ半数が「家族で名字が変わるのは反対」と考えていることが、産経新聞社の調査でわかった」のだそうで、「夫婦別姓の影響を受ける子供たちの考え方が統計的に明らかにされたのは初めて。将来、自分が結婚した際の別姓も「したくない」との回答が6割にのぼった」としています。アンケートの実施方法は次の記事に掲載されています。

選択的夫婦別姓、「賛成」16%「反対」49% 小中生2000人調査・質問と回答

このアンケートは正に「ごまかしの選択的夫婦別姓議論」というタイトルがぴったりの調査です。まず、素晴らしいのは見出しです。内容の正確さという点を除けば、実に刺激的でいい見出しです。選択的夫婦別姓に小中学生の約半数が反対、賛成は僅か16%しかいないというのですから反対派は大喜びするでしょう。

ところが、調査を実際に見ると、「あなたは「それぞれ別の名字のままでも結婚できる」ように法律を変えたほうがよいと思いますか」*1という選択的夫婦別姓の是非を聞く質問には(かなりおかしな誘導質問をしているにもかかわらず)、「変えたほうがよい」が 34.9%、「変えないほうがよい」が30.0%、「よくわからない」が35.1%で、賛成が反対を上回っていることがわかります。特に女子の場合は37.4%とかなりの割合ですね。

           男子    女子    全体(%)
○変えたほうがよい     32.9    37.4    34.9
○変えないほうがよい    31.6    30.7    30.0
○よくわからない      35.6    31.9    35.1

見出しのように「半数が反対」なのは「もし、法律で「それぞれ別の名字のままでも結婚できる」ことが決まり、お父さんとお母さんが別の名字になったら、子供もお父さんかお母さんのどちらかとはちがう名字になったり、兄弟や姉妹でもちがったり、おなじ家族のなかでちがう名字になってしまうことがあります。こうしたことに賛成(さんせい)ですか、反対(はんたい)ですか」という質問に対する回答です。この質問の結果は次の通りです。

○家族で名字が変わってもいいので賛成    16.4%
○親が決めたのなら仕方がないので賛成    18.8%
○家族で名字が変わるのはよくないので反対  49.4%
○よくわからない   15.4%

さて、誰がどう見ても「賛成」は16.4+18.8=35.2%であるのは明らかですが、なぜか見出しは「選択的夫婦別姓、「賛成」16%「反対」49% 小中生2000人調査・質問と回答」です。賛成を半分に分けたうえで(反対の選択肢は1つなのに)、片方を完全に無視する見出しをつけるなんて抜群のセンスです。

この設問は用意された選択肢から見て、自分の両親が夫婦別姓を選択した場合の質問と理解した学生が多かった可能性が高いでしょう。法律として選択的夫婦別姓に賛成でも、自分が別姓になるのは嫌だという人はもちろんいるはずです。

二つ質問をしておいて、自分の都合の良い結果だけを大きく取り上げ、しかも賛否の数字も取捨選択するというのはなかなかのやり手です。

見出しからすでに期待させる内容ですが、あまりにも素晴らしいので中身も見ていきたいと思います。調査方法から見ていきましょう。

協力を得た首都圏、関西圏の中学校6校約1600人(中1~中3)、首都圏の小学校1校の53人(6年生)にホームルームや社会科の時間などを使って教員立会いの元で無記名で行った。…(中略)…回答率は一概に出せないが、中学生は約93%、小学生は84%。

民間調査会社の調査は、会員登録している全国の小学4年~中学3年を対象に、説明文を含め同内容のアンケートで実施、自ら回答した小学生が100人、中学生が300人を超えた時点で終了し、学校分に加えた。*2

二つの全く別々の調査方法の調査のサンプルを混ぜるという奇妙なことをするのは一般的ではありませんが、何かそうする理由があったのでしょう。産経が示すべきだったのは「協力を得た首都圏、関西圏の中学校6校…首都圏の小学校1校」(1校!?)なるものが一体全体どうやって何故選ばれたのかです。どれだけの学校に対して調査票を送り、協力してくれた学校数の割合はどれだけだったのでしょうか。子供たちの回答率を示すのは結構ですが、調査票を送る学校の選択方法、どれだけの学校が調査に協力したのかという数値が示されない限り信頼できる調査とは言えません*3

これが無作為抽出ではなく、一般的な小中学生の意見を表している保証が全くないのは自明ですが、サンプルの抽出方法が明記されていないのは残念なことです。サンプル抽出方法の透明性がない調査はたとえ何人対象者がいても意味がありません。複数の性質の異なる調査を混ぜ合わせた結果であれば尚更です。

ところで、産経は「回答が誘導的にならないよう教員向けと子供向けに説明文を用意した」と言いますが、子供向け説明文にはまだしも多少の両論併記の努力がみられるものの、教員向け説明文は誘導的ではないという方が難しいものです。しかもこれらは「実際に使用するかについては任意」と説明されています*4。つまり、使われていない可能性もあるのです。確実に使われたといえるアンケートの本文自体は次のようなものです。

1.いま、社会で問題となっていることに「選択的夫婦別姓(せんたくてきふうふべっせい)」があります。日本では結婚(けっこん)するときに「男性(お父さん)か女性(お母さん)のどちらかの名字と同じにしなければならない」ことが法律(ほうりつ、国のルール)で決まっています。この法律を「それぞれ別々の名字のままでも結婚できる」ように変えようというものです。こうしたことについて、知っていましたか。

○よく知っていた
○少し知っていた
○まったく知らなかった 
○ほとんど知らなかった

2.いまは結婚してからも、結婚するまえの名字を会社で使ったり、手続きをすれば、免許証(めんきょしょう)やパスポートに結婚する前の名字をならべて書けるようになったり、これまでできなかったことができるようになっています。それでも、あなたは「それぞれ別の名字のままでも結婚できる」ように法律を変えたほうがよいと思いますか。

○変えたほうがよい 
○変えないほうがよい 
○よくわからない

3.もし、法律で「それぞれ別の名字のままでも結婚できる」ことが決まり、お父さんとお母さんが別の名字になったら、子供もお父さんかお母さんのどちらかとはちがう名字になったり、兄弟や姉妹でもちがったり、おなじ家族のなかでちがう名字になってしまうことがあります。こうしたことに賛成(さんせい)ですか、反対(はんたい)ですか。

家族で名字が変わってもいいので賛成 
親が決めたのなら仕方がないので賛成 
家族で名字が変わるのはよくないので反対
○よくわからない 

4.みなさんが結婚するころには「それぞれ別の名字のままでも結婚できる」と法律が変わっているかもしれません。そのとき、あなたはどうしますか。

自分の名字を大切にしたいので別々の名字にしたい 
家族で同じ名字がよいので別々にはしたくない 
○よくわからない

5.この問題についてあなたの思ったことを自由に書いてください*5

際立った公平性がうかがえますね。「いまは結婚してからも、結婚するまえの名字を会社で使ったり、手続きをすれば、免許証(めんきょしょう)やパスポートに結婚する前の名字をならべて書けるようになったり、これまでできなかったことができるようになっています」とわざわざ改正が必要ないことを示唆する情報だけを長々と示し、「それでも、あなたは「それぞれ別の名字のままでも結婚できる」ように法律を変えたほうがよいと思いますか」等と聞くのは、産経の考えでは「回答が誘導的にならないよう」にするためなのでしょうか*6

「ちがう名字になってしまう」とネガティブな表現をしなくても「ちがう名字になる」と言えばいいでしょう。選択肢も「はい」「いいえ」ではなく、極めて主張が強い「親が決めたのなら仕方がないので賛成」等の選択肢を並べる必要があるのでしょうか。

さて、1番目の設問で選択的夫婦別姓について知っていたのは約半分53.1%に過ぎません。全く知らなかった人も4分の1以上います。

○よく知っていた    16.0%
○少し知っていた     37.1%
○まったく知らなかった   26.2%
○ほとんど知らなかった    20.7%

ほとんど知らないか全く知らない人に対して一方的に改正が必要ないように見える情報だけを提供し「ちがう名字になってしまう」ことにネガティブな表現をするのは、アンケート調査の基本的な常識を無視しています。

4番目の「みなさんが結婚するころには「それぞれ別の名字のままでも結婚できる」と法律が変わっているかもしれません。そのとき、あなたはどうしますか」という質問は、自分が別姓を選ぶかどうかという質問です。産経は「将来、自分が結婚した際の別姓も「したくない」との回答が6割にのぼった」とか「「自分はしない」6割」等と書いていますが、この質問に対する回答は選択的夫婦別姓の是非とは無関係です。

選択的夫婦別姓なのですから夫婦同姓を選んでも夫婦別姓を選んでもよいわけです。日本では同姓が法律で社会習慣にもなっていますし、仮に選択的夫婦別姓が実施されても圧倒的に夫婦同姓を選ぶ人が多いでしょう。それは現在の習慣を前提にすれば当たり前のことです。自分が別姓を選ぶかどうかという質問は、選択的夫婦別姓を認めるかどうかという質問とは全く違います。これはちょうど「同性婚を認めることに賛成か」という質問と「あなたは同性と結婚するつもりか」という質問の違いと同じです。「同性婚を認めることに賛成か」という質問にYesと答える人は多くても「あなたは同性と結婚するつもりか」という質問にはNoという答えの方が多いでしょう。しかし、それは同性婚の合法化に否定的な人が多い証拠ではありません。

ちなみに、先ほど触れた教員向け説明文の方は次のような内容です。これは産経新聞の意見広告に近いですね。

「現状、夫婦別姓を望む人には、職場などでの旧姓使用やクレジットカードなどの名義変更などが煩わしいという理由と、自身のアイデンティティのためという2つの理由があります。ただし前者についてはほぼ解決済みであり、旧姓使用を認めない職場もほとんどありません。後者については「心の問題」です。

「選択制なので選びたい人だけだからいいのでは」「自分の意思だからいいのでは」という意見もありますが、婚姻制度の自由度が高まることで、逆に家族、親族内の争いの種になりかねないという見方もあります。また、生まれてくる子供にとって選択肢はなく、「強制的親子別姓」「強制的きょうだい別姓」になりかねません。…影響を受ける人の中には子供も含まれるにもかかわらず、その意見もまったく取り上げられていないのが現状です。」*7

選択的夫婦別姓についてポジティブな見方をする意見の説明は殆どなく主流派メディアや政府への批判が長々続きます。産経新聞の調査の趣旨に納得し、このアンケートを配布した教員は控えめに言ってもかなり右寄りの見方をしている人であろうと推定するのは妥当な推論でしょう。サンプルは日本を代表するデータではなく、選りすぐりの偏ったサンプルであるのは明らかですね。もちろん、これこそ聞く価値のある声ですから全然問題ないというなら別に私が言いたいことはありませんが*8

興味深いのはアンケートの実施方法についてです。教員向け説明には「できればクラス単位、学年単位がよいですが、無理な場合は個別でも構いません。」と記載されている点です。「答えたくない子供は答えなくて構いません」とありますが、果たしてどんな方法でアンケートが実施されたのか少し不安になりますね。まあ、このアンケートを配布された教員が客観的で公平なアンケートを行ったと期待することにしましょう。いずれにせよ、この調査は調査方法(どんな方法で調査するか、説明文を配布するか、どのような対象に実施するか等)に統一性も一貫性もないと調査主体自身が認めている調査であるということは良く覚えておく必要があります。

この調査は「左翼は毛沢東紅衛兵のように子供を政治に利用している」と非難している保守派の産経新聞にしては奇妙な調査ですが、目的が正しいのですから別に構わないのでしょう。おそらくよくないのは左翼の子供の政治利用だけで、良い政治利用なら問題ないのでしょう。分析方法とかデータの選択とか細かいことにこだわらなければ、「正しい結果」が得られたのですから、やはりこの調査は「子供は選択的夫婦別姓に圧倒的に反対している」ことの証拠として今後も末永く重宝されることでしょう。

このアンケート記事、既に述べたように見出しもすごいのですが、多くの方も指摘しているように、データをまとめる産経のグラフも秀逸です。3D円グラフでデータを表現し、下の位置にくるデータが視覚的に大きく見えるような図になっています。ここまで”完璧な”やり方はちょっとあまり例がないと思います。

産経新聞のアンケート調査はアンケート調査の教材不足に悩む学生や教員に生きた見本を与えてくれる素晴らしい調査です。正月から久しぶりに面白いものを見せていただきました。新年早々に大変おめでたいことです。

一応、公平を期していうなら、もちろん、こうした類の調査は右派だけでなく左派もよくやっています。原発反対の市民投票とか子どもたちの反戦の声が云々というのが良い例です。しかし、他の誰かがやっているからという理由で間違った調査が正当化されるということはありません*9

*1:正確な質問文は、「いまは結婚してからも、結婚するまえの名字を会社で使ったり、手続きをすれば、免許証(めんきょしょう)やパスポートに結婚する前の名字をならべて書けるようになったり、これまでできなかったことができるようになっています。それでも、あなたは「それぞれ別の名字のままでも結婚できる」ように法律を変えたほうがよいと思いますか。」となっています。これだけ露骨に誘導質問をしておいて、それでこの結果なのですから面白いものです。

*2:選択的夫婦別姓、「賛成」16%「反対」49% 小中生2000人調査・質問と回答 ごまかしの選択的夫婦別姓議論 - 産経ニュース

*3:産経は「学校や学年別、民間調査会社による調査でも、結果の割合に大きな差はなかった」としていますが、データは公表していません。まあ、信じることにしましょう。それにしても、なぜこんな方法をとったのか常識的に言って説明が必要ではないでしょうか?どの会社か知りませんが「民間調査会社の調査」にしても、「会員登録している全国の小学4年~中学3年」というのは相当に変わったサンプルであるはずで、別に代表的なものとは言えません。

*4:選択的夫婦別姓・小中生2000人調査 教員向けの説明文 ごまかしの選択的夫婦別姓議論 - 産経ニュース

*5:選択的夫婦別姓、「賛成」16%「反対」49% 小中生2000人調査・質問と回答 ごまかしの選択的夫婦別姓議論 - 産経ニュース 下線は引用者による。

*6:もし朝日新聞が「憲法九条(けんぽうきゅうじょう)は戦争(せんそう)を放棄(ほうき)し、わたしたちの平和な生活(へいわなせいかつ)を守ってきました。憲法九条がなくなると、日本は戦争できる国になり、お父さんが徴兵(ちょうへい)されて戦死(せんし)したり戦争でお母さんが殺されたりするかもしれません。それでも、憲法九条改正(かいせい)に賛成(さんせい)ですか。反対(はんたい)ですか」等という質問を小中学生にしたら、産経新聞はどう考えるのでしょうね。

*7:選択的夫婦別姓・小中生2000人調査 教員向けの説明文 ごまかしの選択的夫婦別姓議論 - 産経ニュース

*8:「日本の伝統なので絶対に法律を変えない方がよいと思う。いまこの問題よりも台湾有事に向けて動いた方がよい」(中3男子)とかいかにも平均的中学生らしい意見が聞かれたようですから、まあよかったんでしょうね(「家族感が減る」「同姓は時代遅れ」小中生、正面から回答 選択的夫婦別姓2000人調査 ごまかしの選択的夫婦別姓議論 - 産経ニュース)。

*9:念のため申し上げますと、私は選択的夫婦別姓に賛成の立場です。ですが、ここで書いていることはアンケート調査の方法の問題で、別に選択的夫婦別姓の賛否に直接は関係ありません。選択的夫婦別姓に反対の方でも心ある方はこのアンケートを批判するでしょうし、こんなアンケートを持ち出さなくてももっとましな論拠はいくらでもあるはずです。私も仮にリベラル派新聞が同じような誘導質問と不透明な調査方法で子供を調査して選択的夫婦別姓賛成が圧倒的という結論を出したとしてもやはりそのアンケートは無価値だと批判するでしょう。これは党派の問題ではなく単に常識の問題です。

産経新聞の主張するように、子供がとりわけ強く選択的夫婦別姓に反対しているという仮説が正しい可能性はあるでしょうし、将来そういうことが証明されるかもしれません。別にその主張を全て否定するつもりはありません。しかし、この調査は問題が多すぎるため何の材料にもならないとしか言いようがありません。少なくとも、見出しは極めて不誠実であり、議論以前の問題です。