各種世論調査を見ると、石破首相は思ったよりも人気がないようです。総裁選で高市氏を支持していた右派から石破首相が嫌われているのは当然のことでしょうが、首相の解散権の行使に慎重な従来の主張を撤回して解散総選挙を決めたことや、経済政策や防衛政策で現実路線にかじを切ったことは、大胆な政策転換を期待していた人たちからも失望を招いたでしょう。
実際、石破首相はどの政策についても主張が数週間前と違いすぎてどこに向かっているか全然わかりません。総理になったらやりたいことは「金利引き上げだ」と言っていた人 *1 が、総理になるや否や「個人的には、追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」などと発言しても困惑するばかりです。変わったことへの評価や批判もしたいところですが、こうもあっさりと長年の主張を捨てるならまた簡単に変わらないとも限らないので、現時点では評価は保留せざるを得ないと思います。
石破政権の政策が実際にどんなものになるかは衆議院選挙後の政権運営を見なければ何とも言えないでしょう。判断材料が乏しい中で、これも従来の主張とは反対に戦後最短の速さで解散総選挙に踏み切ったことには相応の批判があってしかるべきでしょう。有権者がどんな判断を下すか注目したいところです。
経済政策面の石破首相の現実路線への回帰はそう悪くないのですが、残念なのは、社会政策面でも独自色が全く見えないことです。石破首相は以前から選択的夫婦別姓や同性婚の法制化に意欲的な発言をされていましたから*2、多少なりともこの点では変化があるのではないかと期待はしていました。これに関しては石破氏は良い意味で自民党主流派らしくない発言を繰り返してきた政治家です。
ところが、社会政策面でも石破氏は普通の自民党に急速に回帰しているように見えます。石破氏の今回の総裁選公約に同性婚も選択的夫婦別姓も支持する文言がなかったことからして怪しかったのですが、案の定、石破政権発足後の自公連立合意に選択的夫婦別姓推進は明記されませんでした*3。石破首相が任命した牧原秀樹法相は選択的夫婦別姓の導入には慎重というか事実上当面はやる気がないように見える発言をしています*4。
そもそも牧原氏は一般人の逮捕とか死刑への軽々しい言及や、サヨクは工作員とする発言などネット右翼のような発言が目立つ議員で、法相としての資質に疑問がある人選です。これでは石破首相のリベラルなスタンスを評価してきた方々が失望しても当然です。一連の発言は一般人ならともかく、公職にある人がしてよい発言とは思えませんし、法相に就任してからもこうした発言をいまだに削除しないのは、かなり恐ろしいことに思えますが、いかがでしょうか*5。
ネット上で「サヨク」と見えている人の多くは実際には日本の方ではなく、日本人を装った工作員の方である可能性もあります。
— 牧原秀樹 まきはらひでき 衆議院議員 自民党 埼玉5区 (@hmakihara) 2022年8月22日
日本の分断化工作には乗らず、本当の日本人同士は「和」の力で国を守らないといけないと思っています。
性犯罪者は死刑! とか やってる人たちと一緒になって、
— そそぐ@経済犯罪で保釈中 (@Skst_SoSog) 2024年10月1日
SNS上で人民裁判やってる人って、
現実世界の法務大臣にしてオッケーなんだっけ?
.https://t.co/OKSIthuyzS
現時点では、どの政策についても石破首相が結局首相として何をやりたいのか見えてこないといわざるを得ないですし、内閣の人選には論功行賞の色彩が濃厚で、政権運営の先行きが思いやられるとしか言いようがありません。
なお、ここ数日は石破首相の経済政策(特に金融政策)に批判的なことを書いていますが*6、私の石破首相への批判は市場軽視、デフレの危険性軽視の経済政策への批判にすぎません。石破首相がこうしたスタンスを軌道修正されるなら歓迎します。ただし、そうするなら、きちんと理由を明示して信頼できる形でやってほしいですし、以前の支持者を裏切るような形でなし崩し的にやっても信頼を得るのは難しいと思います。経済政策を多少現実路線に修正したといっても、ライドシェアに後ろ向きだったり反市場経済的なスタンスは相変わらずですし、総裁選での発言からも、政権運営が安定すれば何らかの増税、特に法人税増税を打ち出してくるであろうことは明らかです*7。これまでの支持者を裏切り、どの分野でも主張する政策を従来とは大きく変えた上で、いきなり実績もなしに選挙で白紙委任状を要求されても、そう簡単に応援する気にはなれません。
*1: 「総理になってほしい人」ランキング、1位に輝いた国会議員を直撃…!総理になったら「アベノミクスを否定する!」(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(3/3) (gendai.media)
*2:私の本やこのブログをいつも読んでくださっている皆様はご存じだと思いますが、私は選択的夫婦別姓や同性婚の法制化を支持していますし、移民の受け入れにも賛成です。まあ、残念なことにそういうことについて書いた投稿はあまり面白くないらしく他の記事に比べると受けが悪いのですけれど…工夫が足りないのでしょう。もう少し読んでいただけるように頑張らないといけません。
*3:「選択的夫婦別姓」 自公連立合意に記載せず 石破茂氏、自民総裁選では前向き発言も…党内保守派に配慮:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
*4:牧原秀樹法相、選択的夫婦別姓の導入「丁寧に議論したい」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
*5:「実際に牧原氏の発言は事実だ!削除する必要はない!この反日左翼めが!」という反論をされる右翼の方がいるかもしれません。なるほど、工作活動は現実にありますが、そこから「ネット上で「サヨク」と見えている人の多くは実際には日本の方ではなく、日本人を装った工作員の方である可能性」なるものに数量的な根拠も一切上げずに一足飛びに飛躍するのはただの陰謀論です。特定の主義主張を持つ人たちを「日本人を装った工作員」などと敵視し、反感をあおるような発言は政治家、特に法務大臣にふさわしいとは言えないでしょう。
こういうと「言論の自由だ!」という方が出てくると思いますから、お答えしておくと、こういう言論活動は自由ですが、こんな発言をする人物を批判するのも言論の自由で、こういう人物に投票しないのも有権者の権利です。暴言を吐いておいて、他人から特別扱いされる自由などありません。
*6:ひょっとすると「さては柿埜は石破首相が嫌いなんだな。右翼なんだ」と思った方もいるかもしれません。まあ、そういう誤解は放置しておいた方が単純な色分けを好む人たちには喜ばれるし、読者を増やしたいなら結構なことなんでしょう。
しかし、私は別にそういうことを望んで何か書いているわけではないので、誤解の余地のないように改めて書いておきます。私自身は別に特に保守的でも右派でもないですし、それは今回の総裁選でも特定候補を熱心に応援していた人達とはかなり距離を置いていたことからも明らかであろうと思います。
私は属人的に誰かのことを応援したり、特定の政党の主張なら何でも支持したりとかそういう趣味はありません。誰それと「お仲間」で、「金融政策でこう言っているから、きっと右派で、歴史観は○○で、移民については××と思っているのだろう」などと推測されたくはありません。大体そういう推測をする方が想像するであろう価値観や政策は私の嫌悪するものに近いと思っていただいて結構です。
私の支持しているような金融政策や規制改革はそれ自体別に右翼的でも左翼的でもありません。同じような経済政策を支持している政治家がほかの分野で何を言っていようと私の知ったことではありませんし、私の責任ではありません。
それから、別に個人的に石破首相に何の思いもありませんし、大体、石破首相とは全く面識も何もないので、嫌いとか好きとかそういう次元で書いていません。自分が会ったことも見たこともない人を(しばしば自分の勝手な想像や思い込みで)感情的に崇拝したり憎悪したりできる人がいるのはとても不思議です。
*7:石破政権は党内基盤が弱体な政権ですが、防衛増税の一環としての法人税増税は岸田政権の決めたことですし、自民党総裁選で高市早苗氏の推薦人の一人だった西田昌司参院議員や藤井聡氏などMMTの論客も法人税増税を支持していますし、自民党内の派閥力学から言っても法人税増税はいずれ実行される可能性が高いでしょう。