柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

政治家崇拝の愚かしさ

日本では自民党総裁選や立憲民主党代表選、米国では大統領選が話題ですが、選挙になると、特定候補の発言をいちいち正当化して回る熱烈な支持者が大活躍します。他の候補が当選したら「日本は終わる」(一体全体、今まで何回日本は終わったのでしょうか?)と叫び、他の候補を中傷して陰謀論を流したりする、傍から見ると異様な人たちです。

今回の自民党総裁選でも、対立候補を「反日」などと激しく罵倒し、某候補の出馬表明演説を聞いて涙腺が崩壊したとか感動したとか大仰なことを書いている極右の方々が多数見受けられますが、自ら(文字通り!)目が曇っていると自白して恥ずかしくないのか不思議でなりません。そんなことを書けば、普通の人はむしろカルト宗教めいた感じに恐れをなして逃げ出してしまうでしょう。落選運動のつもりならわかりますが、とても理解できません*1

選挙だからと言って、自分の応援する候補を100%擁護しなければいけないわけはありません。どの候補もある政策は良く別の政策は悪いということは当然あるはずです。総合的に見てある候補を支持するけれども、他の候補を支持する人たちも一理はあるかもしれないと考えるのが常識ある政治との付き合い方でしょう。残念ながら政治というものは、経済政策も外交政策も何もかもまとめ売りされているものですから、個別の政策をバラバラに買うことはできません。不満足な選択肢の中から誰かを選ぶしかないわけです。

例えば、米国大統領選挙を例にとると、トランプ候補の不正選挙陰謀論や人種差別主義、暴力の煽動、保護貿易主義のリスク等の問題点を理解した上で、減税政策やエネルギー政策等を評価して、トランプ候補を支持するというのはありうる選択でしょう。率直に言って、私はかなり強硬な反トランプ派ですが、トランプ支持者の中には、事実を正確に認識した上で、私とは違う価値判断を下している人がいると思います。トランプ支持者はみな人種差別主義者だといった決めつけは行き過ぎです。

同様に、ハリス候補の増税や価格つり上げ規制を批判しながら、総合的に見てトランプよりましという判断をすることは可能です。「ハリスを支持するのは共産主義者」などというのはMAGAのプロパガンダに過ぎません*2。大体、トランプの極端な保護主義や非正規移民の大量強制送還計画は、ハリスの経済政策と同程度に反自由市場ですし経済的打撃が大きいものです。権威主義的なトランプ候補当選の危険性を考慮してハリスを相対的に支持するというのは自由市場主義者にとっても合理的選択でありえます(事実、そういう方がたくさんいます)。

これと同じことは自民党総裁選や立憲民主党代表選にも言えます。経済政策では支持できる候補が他の政策(例えば安全保障とか)では全然支持できないことはあるでしょうし、経済政策と言っても規制改革は賛成だけれどもマクロ経済政策はそうではないということもありうるでしょう*3。理想の政治家を探すのではなく消去法で候補を選ぶしかありませんし、重点の置き方の違いで人によって違う候補を選ぶことは当然あるでしょう。誰それ一択!なんてことはあり得ません。

政治は善悪の激突ではなく妥協の産物です*4。日常とは違う華やかな世界ではなく、その延長線上にあるものです。自分が支持する候補以外は、「反日」で「親中派*5で「日本が終わる」などと考えるのは三流映画の見過ぎです。自分と少しでも意見が違う人は「統一教会」「安倍信者」だ云々とかいうのも同様です。別にあなたはその候補者の親戚でも親友でもないのですから、全部支持する必要などありませんし、違う候補の支持者は親の仇でもゾンビでもありません。

自分が支持する候補者が選ばれれば、明日から世界がバラ色になるわけでもありません。独裁者ではないのですから*6、必ず何らかの妥協は必要になります。それが許容可能な妥協になるのか、基本的な原則への裏切りとなってしまうかはその候補者の能力やその時の状況次第でしょうが、妥協なしの政治はあり得ません。最後の審判を期待して政治運動に参加すれば必ず失望することになります。

どんな政党や政治家であれ、ある程度の力を持つには、多かれ少なかれ(少なくともあなたから見て)変な勢力とつきあっているでしょうし、意見の一致しない点があるでしょう。世の中には多様な意見があり多様な団体があるのだから当然です。これは多数派を獲得するには必ずそうなるのであって、別に統一教会とか特定の宗教団体や政治団体とかを”叩き潰せば”、解決するというような話ではありません*7。どんな政治家であれ、細かく調べれば、支援団体の票のために何かしらあなたの理解できないことを言っているはずです。自分が支持する候補者の問題点や馬鹿げた主張を明確に理解した上で「もちろん問題はあるが、それでもこの人が今のところ私の目標を達成する上で一番ましだ。だから私は敢えてリスクをとる」というなら、それはそれで賢明な選択です。信仰の対象ではなく、候補者の欠点も理解した上で、自分の主義主張に照らして目的を達成する手段として候補者の選択を考えているからです。

これとは反対に、政治家を理想化したり無批判的に応援したりするのは危険ですし合理的ではありません。その候補者の言うことなら何にでも賛成し、虚偽の情報に飛びつき、リスクを指摘されても問題があることを否定するのは賢明な態度とは言えません。政治家よりもアイドルに熱狂する方がよほど健全です。恋人に対してなら別にさほど害はないでしょうが、政治家に対してロマンチックな幻想を抱くのは危険です。

*1:客観的に見れば、政策をかなり勉強されているのは伝わったものの、やや詰め込み過ぎでどこに焦点があるのかわかりにくかったのは確かでしょう。普通の人は感涙にむせんだりはしないと思います。もちろん、中身のない印象的なフレーズをちりばめた別の候補の演説のような意味で何がしたいのか分からない演説ではありませんでしたが、熱心なファン以外には訴える力は弱かったと思います(良い悪いは別にしてです)。経済政策については、記者の質問に答えた以外は減税や金融政策に明確な言及がないのは意外でしたし、産業政策が多くマクロ経済政策が霞んでいるのは期待していただけに残念でした(もっとも、他の番組での発言や著書等ではもう少し明確な言及があり、評価できる点も多いと思いますが)。岩盤規制打破、規制改革というアベノミクスの一丁目の一番地が消えているように見えるのは気のせいでしょうか。意義の乏しい報酬返上の公約等も非常に残念でした。

*2:ハリスの価格つり上げ規制は、確かに市場軽視ですが、包括的な社会主義計画経済とは違いますし、共産主義というのは誇張です。現実にはパレスチナ問題の急進的な解決を要求する共産主義者や急伸左派はハリスを猛烈に攻撃していますし、共産主義者がハリス支持者などということはありません。

*3:自民党総裁選についていえば、各候補の経済政策は産業政策中心か規制改革中心かで違いがあるものの、五十歩百歩です。私は当然ながら規制改革派に好意的ですが、規制改革派を標榜する人たちも環境政策では不合理な規制を支持した過去があったり提案している規制改革が小粒で具体性がなかったりで大して魅力的ではありません。マクロ経済政策(特に金融政策)についてみると、無関心か口約束だけが多く程度の差はあれ大半が増税派です。増税ゼロを公約している候補者が信頼できればよいと思いますが、どうでしょうか。悪いことに、反緊縮派は大体において規制強化派、自称規制改革派は積極増税派である傾向があり、実に悩ましいところです。選択的夫婦別姓のような社会政策でも各候補の主張はバラバラですが、どうもこれに関しても私に近い立場の候補は反リフレ派や増税派ばかりです(笑)。結局、どの候補も微妙だというのが率直な感想です。

*4:なお、市場では他の人が何と言おうが自分の好きなものを買うことができますから、政治よりも遥かに多様な選択が可能で、それほど他人と妥協する必要もありません。自分の価値観をどうしても他人に押し付けたい人以外は、市場で選択できるものが多い社会に暮らす方が、何でも政治的に決める社会よりも自分の価値観に合った生き方ができるでしょう。

もちろん、政治的に決めざるを得ないことというのはあるのですが、自由市場に比べて、政治市場は多様な選択が許されず対立が起きがちです。なるべくならば、市場に任せて各人が自由に選択できる領域を大きくした方が多様な価値観を持つ人が共存しやすいでしょう。これは私が自由市場経済を支持する理由の一つです。

*5:極右の方は誰にでも根拠があろうとあるまいと「親中派」というレッテルを張りますが、面白いことに「親露派」というレッテルは貼りません。極右自身がウクライナ戦争ではロシアを支持しているからでしょう。日本の北方領土を未だに占領したままで日本と平和条約を結んでおらず、ウクライナ侵略戦争を続けるロシア政府はかなり日本に敵対的で危険な権威主義独裁国家だと思いますが、そのロシアを応援するのはプーチンが光の戦士だからよいのでしょうね。随分都合よくできています。

*6:というよりも、独裁者ですら、独裁を維持するためには、自分のしたいことを全てするわけにはいかないのです。

*7:大体、それは集会結社の自由や信教の自由の侵害になりうる危険な発想です。