柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

書評掲載(10/6)

仕事が非常に慌ただしくご紹介が遅れましたが、週刊読書人10月6日号に、クリストファー・ブラットマン著『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』(草思社)の書評を掲載させていただきました。*1。ぜひご一読いただければ幸いです! 

 

詳しくは読書人の書評に譲りますが、本書の中心的なアイデアは、通常であれば、人類は交渉によって物事を解決することを選ぶものだというものです。戦争は双方に打撃をあたえ、交渉によって得られるパイを小さくする最悪の事態ですから、合理的に考えれば、交渉で物事を決めるのが通常は望ましいわけです。

にもかかわらず、戦争が起きるのは交渉による解決が機能しない何らかの障害、いわば「市場の失敗」が起きているからです。著者は5つの要因を挙げています。

①戦争から利益を得る指導者の「抑制されていない利益」②イデオロギーなどの「無形のインセンティブ」③相手の実力や意図の「不確実性」④信頼できる約束が困難な「コミットメント問題」⑤認知的なバイアスによる相手の意図に関する「誤認識」

様々な事例を挙げながら、著者はこれら5つの要因が交渉可能性を狭め、当事者が戦争を選ぶ原因になることを示しています。その一方で、貧困や経済的困難など良くあげられる戦争の原因は実は戦争の直接的原因にはならないという注目すべき指摘をしています*2。戦争を防ぐにはこれら5つの要因に的を絞った対策が必要であることを説いています。

10月7日からちょうどハマスによるイスラエルへのテロ攻撃が始まり、中東情勢は緊迫していますが、本書は今回の戦争を考える上でも参考になるでしょう。ハマスがこのタイミングで戦争を始めた理由は専門家の分析を待ちたいところですが、ブラットマンの枠組みで分析すれば、①抑制されていない利益(ハマスヒズボラも独裁体制)、②無形のインセンティブ(反イスラエルの強力なイデオロギー)、コミットメント問題(イスラエル周辺諸国の関係改善から相対的にハマスと同盟勢力の地位が低下しつつあり今しかチャンスがない)といったところでしょうか。

本書の元になっているのはゲーム理論の洗練された分析(と注釈にあるような膨大な実証研究)ですが、豊富な事例を挙げながら、非常にわかりやすく書かれています。戦争と平和の問題について考える上で是非おすすめしたい一冊です。

なお、本書には安田洋祐先生原田泰先生をはじめ大変優れた書評が出ています。こちらも併せて是非ご一読いただければ幸いです。

*1:週刊読書人10月6日号にはピケティの『資本とイデオロギー』をめぐる翻訳者の山形浩生先生と片岡剛士先生の対談が収録されています。ありがちなピケティ礼賛ではない、非常にバランスの取れた批判的解説です。こちらも必見です。

*2:例えば、ハマスヒズボラの幹部の大変豪華な生活を見る限り、彼らが貧困で追い詰められていたので戦争に踏み切ったとはちょっと考えにくいでしょう。