柿埜真吾のブログ

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プリゴジンの反乱に関する雑感

プリゴジン率いる民間軍事会社ワグネルの反乱はあっけなく終わりを迎えたようです。情報が錯綜していますので、軽々しい断定は避けたいと思いますが、今回の反乱についていくつか雑感を書きたいと思います。

昨晩の時点では、ワグネルは殆ど抵抗を受けずに進軍を続け、モスクワから200キロまで迫っていたようです。あと一歩というところで何故プリゴジン氏が考えを変えたのかはわかりません。ベラルーシのルカシェンコ大統領の説得があったことが明らかにされており、ワグネルが本格的にロシア軍と交戦した場合の損害の大きさを考慮したのではないかといった指摘も出ています*1。とはいえ、ワグネルの進軍に対するロシア正規軍の反撃が殆どなかったのは、軍部や政権内にワグネルに同調する者や、プーチン体制に積極的に協力する気のない傍観者が少なくないことを窺わせます。ウクライナ戦争とそれに伴う欧米の制裁の長期化で、エリート層の間にも反プーチンの機運が高まっているのでしょう*2

プリゴジンの反乱そのものは失敗しましたが、今回の事件はプーチン体制の終わりの始まりになると予想されます。プリゴジンの反乱は、プーチンがもはやロシアをまともに支配できておらず、厭戦気分の広がる中で、少数のやる気のある軍隊を掌握できればクーデターはそれほど難しくないことを示したといえます。次は自分こそと考えた野心家は少なくないでしょう。プリゴジンを支援しないまでもプーチンへの忠誠を疑われても仕方ない軍人や政府高官はたくさんいるでしょうから、粛清される前に自分がプーチンを先に倒そうと考える者も出てくるでしょう。そもそも、2万5千人もいるという武装勢力が反乱を起こしたにもかかわらず、指導者が亡命した後は、何の罪にも問われずに済むということ自体異常です。プーチン大統領の約束が信頼できる約束かどうかも疑わしいでしょう。ワグネルの兵士がおとなしく武装解除されたり、平和裏にロシア軍に統合されたりするかどうかはまだわかりませんが、楽観的に考えるのは難しいと思います。第二、第三のプリゴジンが出てきてもおかしくない状況です*3プリゴジン自身も、これで納得して引き下がるような人物でしょうか。気が変わって行動を起こすことだってありうるでしょう*4

今回のクーデター未遂がウクライナ戦争に与える影響は不明ですが、ロシア軍に有利に働くことはまずありえないでしょう。ワグネルの残党の扱いがどうなるのかまだはっきりしませんし、ロシア軍の指揮系統は混乱が続きそうです。反乱を起こした際、プリゴジンウクライナとの戦争が大義のない戦争であると指摘し、ロシア政府のプロパガンダのウソを暴きました。プリゴジンの主張は多くのロシア国民に伝わったはずですし、ただでさえ低いロシア軍の士気はますます低下し、ロシア政府の正当性は揺らいでいくでしょう。最終的にウクライナがロシア軍に占領された領土をどれだけ奪還できるかは未知数ですが、この戦争がロシアにとって事実上の大敗に終わったのは明らかです。ロシアは膨大な人命と兵力を失い、地域的な覇権国家としての威信も完全に失っています。今後戦争の帰趨がどうなろうとも、ロシアが軍事大国として復活することはもはやありえなくなったといえるでしょう。プリゴジンの反乱が最終的にこれで終わったのかどうかはまだわかりませんが、今後、ロシアの混乱は長く続くでしょう。プリゴジンの反乱は失敗し、プーチン体制は何とか持ちこたえましたが、恐らく次の反乱を計画している軍人や政治家は今回の教訓を学び、もっとうまくやるに違いありません。

もっとも、プーチン体制の終焉がウクライナとロシアに直ちに平和をもたらすかといえば、懐疑的にならざるを得ません。ロシア国内の民主的な反体制派は激しく弾圧され、今や殆ど残っていません。ネムツォフ元第一副首相のような実務経験をもつリベラル派の政治家も既に暗殺されたり亡命したりしてロシア国内には残っていませんから、民主的体制を直ちに樹立するのは困難です*5プーチン体制が倒れるとしても、軍閥や一部のエリートが権力を握る軍事クーデター、宮廷革命の形をとるでしょうし、ロシア軍がウクライナからすぐに撤退する保障もありません。イスラム過激派や軍閥の動き次第でソ連崩壊のようにロシアが再び分裂することになってもおかしくはありません。プーチン体制が崩壊すれば、カディロフのような指導者は誰にも頭を下げる必要がない独立国の独裁者になることを選びそうですし、事実上独立を果たした軍閥同士の内戦という悪夢のシナリオには現実味があります。ウクライナに平和が訪れ、ロシアが専制から自由になる日はまだ遠いでしょうが、希望を捨てずに見守りたいものです。

*1:ワグネルの武装蜂起は失敗、プリゴジンはベラルーシに亡命(JSF) - 個人 - Yahoo!ニュースの分析は大変興味深いものです。

*2:なお、事件があまりにあっけなく終わったため、今回の反乱がただの狂言であったりプーチン大統領が実はすべてを仕組んでいるのだといった見立てをする方もいるようですが、そうした見方は疑問です。そもそもこれだけ破滅的な戦争をはじめ、事態を収拾できないでいるプーチン大統領のような人物にそんな高度な能力があると考えるのは無理があります。確かにウクライナ戦争が始まるまでは、プーチン大統領は悪賢いが知的で有能な指導者であるかのようにみられていましたが、そうしたイメージが全くの幻想にすぎなかったのは今となっては明白です。プーチン大統領はお粗末な情報に基づいて無謀な戦争の開戦を決断した愚かな独裁者に過ぎません。プーチン大統領が裏ですべてを仕組んでいるといった説は、いまだにプーチン全能説にとらわれた誤りに思えます。常識的に考えて、プーチンがこうした状況を自ら好んで演出したということはまずありえないでしょう。

*3:What game theory predicts - Marginal REVOLUTION

*4:プーチン大統領プリゴジンがこのまま平穏に余生を送ることを許すでしょうか。そもそもプリゴジン自身にそうするつもりがあるのでしょうか。

*5:今は殆ど残っていないですし、その再起を期待するのは非現実的ですが、かつてのロシアのリベラル派は元々ナショナリズムに批判的で、ウクライナ戦争やクリミア併合はもとより、北方領土の占領にも批判的な見方もありました。