柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

似非科学的な言葉遣いについて

最近、「境界知能」という言葉を自分が嫌いな相手を罵倒する言葉として使っている方が見受けられます。特に特定の政党や政治的傾向を持つ方に対する罵倒として「境界知能」を使う方が目立ちますが、全く感心しない風潮です。きちんとした定義がある専門用語を他人を罵倒する意図で根拠もなしに使うのは似非科学ですし、健全な議論を妨げるものです。今日は先日話題になった池田氏の以下の発言を取り上げたいと思います*1

この投稿は境界知能の方に対しても、れいわ新選組の支持者に対しても偏見を煽る失礼な投稿で言語道断です。れいわ新選組の政治姿勢を批判するのは大いに結構ですが*2、そのためには問題のある政策や行動を事実に基づいて批判すればいいのであって、れいわ新選組の支持者を侮辱する必要などありません。まして、出鱈目な偏見を煽って社会的に困難な立場の人を傷つける必要性など皆無です。

池田氏の投稿は重大な侮辱ですが、それでいて「れいわの支持者はIQ85以下の境界知能」という主張には何の根拠も提示されていません。添付されている正規分布の図は境界知能を図示しているだけで、池田氏の主張を何一つ証明しません。これはもっともらしい無関係な図を見せて、人を誤解させようとする詐欺広告に等しいものです*3池田氏は「境界知能」という言葉を使ったのは差別ではないと主張していますが、全く説得力がありません。

れいわ信者から「差別だ」というクソリプが山のように来たが、境界知能は知的障害ではなく、差別用語でもない。それはこの図がNHKのウェブサイトに出ていることでも明らかだ。*4

もちろん、「境界知能」という言葉自体は差別的な言葉ではありませんが、それを特定政党の支持者や自分の気に入らない人間に対して相手を貶めるために使うのは明らかに差別的です。池田氏はご自分のポストに何も侮辱的な意図が含まれていないと真面目に主張できるのでしょうか。れいわ新選組支持者や境界知能の方をバカにし、愚弄する意図がないと本気で主張できますか。れいわを支持していようがいまいが、良識ある人がこういう投稿を批判するのは当然です。

池田氏が引用したと思われる図は、確かにNHKのウェブサイトに掲載されていますが、それは池田氏の主張を正当化するような内容は一切なく、境界知能の方の苦境に寄り添う記事です。似非科学の権威付けに勝手に使うのはNHKの記者に対して失礼でしょう。NHKに載っているからなんて全く何の言い訳にもなっていません。

池田氏は「れいわ脳」なる言葉も盛んに使っておられますが、いつから脳の専門家になったのでしょうか。まさに何の根拠もない「自分がそう思ったから」というだけのレッテルですね*5。まあ、「れいわ脳」なるものが本当にあると思うほど愚かな方はそういないでしょうから、これは別に大した害はないでしょうが、「境界知能」を出鱈目な使い方で使うのは実害がありますし看過できません。

批判の内容を取り上げて反論するならわかりますが、自分を批判する奴は「頭が悪い」とか「馬鹿」「…を知らない」とか適当なレッテルを張って罵倒するのはいかがなものでしょうか。池田氏の投稿の妥当性と「IQが正規分布しているという事実」は無関係ですし、そんなことを議論している人は誰もいません。池田氏への批判が殺到したのは、何の根拠もないのに境界知能の方に対してもれいわ新選組の支持者に対しても失礼なデマを流しているからです。

池田氏は①れいわ新選組が「境界知能」をターゲットにして政治活動をしており、②れいわ新選組の支持者は境界知能であるというご自身の主張を立証する客観的証拠をまず提示すべきです。これだけ重大なことを言っておいて、証拠を示さないのはいくら何でもおかしいでしょう。

何の証拠も提示せず、それっぽい用語を使って話すのは似非科学です。自分の思い込みや思い付きを、無関係なそれらしいグラフを見せながら話すのは全く科学的ではありません。「このツイートについているクソリプを見たら、れいわ信者のIQがわかるだろう(私はブロックしたので見えないが)」などというのはエビデンスでも何でもないただの偏見です。以前、池田氏エビデンスの価値を否定する左派系新聞の記事を嘲笑していたはずですが、ご自分は何のエビデンスもなく、ただの主観で記事を書くのですね。

池田氏は、「れいわ信者が境界知能かは証明のしょうがないからさておき、底辺層なのは紛れも無い事実で知的水準はかなり低い」なるポストリツイートしていますが、「証明のしようがない」ものをいかにも自信満々に語るのは少なくとも科学的態度ではありません。こういう”分析”は「マイナスイオンと幸福」とか「あなたの運気を高めるサプリ」「あなたを天才にする脳波の出し方」とかと同程度にしか科学的ではないでしょう*6

各種世論調査では、IQを調べたものはありませんが、学歴等を調べたものはあるのですから、適当なことを書く前に多少なりともそれらしいエビデンスを見たらよいでしょう。例えば、第26回参議院議員通常選挙全国意識調査によれば、サンプル数が少なすぎる問題があるので明確なことは言えませんが、れいわの支持者の学歴は、他の政党と同じようなもので特に目立った特徴はありません*7。学歴はIQの完全な代理指標ではありませんが、少なくともれいわ新選組は低学歴の人の政党だとは言えないでしょう。社会的に恵まれない立場の人がれいわ新選組を支持する傾向があるという指摘*8も見られますが、そうした研究でも「れいわ投票者の学歴は他とさほど変わりません」と指摘されています。客観的なデータからは「れいわ支持者がとりわけIQが低い」なる主張の根拠は薄弱です*9

「感心しない行動をしているからIQが低いに決まっている」とか「俺の意見に反対するのだからIQが低い」とかそういう決めつけはやめた方がよいでしょう。きちんと検査しなくても、相手のIQがわかるというのは「エビデンスはわしの勘」といっているのと同じです。大体、IQが高くてもエキセントリックな政治的意見を持っている方は別にいくらでもいますし、IQが高かろうが低かろうがだから正しいということにはなりません。

境界知能の方の政治的傾向を調べた研究などはないのですから、憶測で出鱈目を書くべきではありません。IQと政治的傾向について調べた研究自体多くはなく、明確な結論は出ていません*10

ただ、IQの高さは政治への関心の高さや投票率と相関しているとする研究は複数あります*11。過度に一般化はできませんが、IQが低いほど、政治に関心を持っている方は少なくなる傾向があるようです。境界知能の方も政治に関心を持つ割合は低いと考えてよいでしょう。境界知能の「れいわ脳」なるものは池田氏の想像の産物です。

もちろん、これはあくまで一般論です。証拠は限定的ですし、そもそも人は一人一人違うのですから、過度に一般化した「境界知能の政治的意見」なるものについて固定観念を持ったりすべきではありません(何の証拠もないのですから尚更です)。「境界知能」の人の政治的行動、政治信条、行動の心理とやらについて延々と微に入り細に入り自説を開陳する方々は、差別と偏見だけで何も根拠のないデマを書く要注意人物だと考えて間違いありません。

IQの高さが人間の偉さを測定しているわけではありません。非常に賢い方でも恐ろしい過激な政治的意見を持ったりすることは十分あり得ます*12カンボジアの大虐殺を引き起こしたポルポトの側近たちはフランスの一流大学を出たエリートでした。日本を破滅的な戦争に引きずり込んだ軍人たちの多くも受験秀才のエリートでした。IQが高くなくても頑張って立派に生きている人たちはたくさんいます。そういう人たちをIQだけでバカにし、よく知りもしないでその政治的意見について憶測を並べ立てる人たちはIQが高かろうと低かろうと、本当に人として恥ずかしい人たちです。自分の気に入らない人のことを境界知能などと言って偏見を煽るのは厳に慎んでいただきたいと思います

現代は科学の時代ですから、根拠のない話をもっともらしく見せるために「科学っぽい」言葉遣いをするのは、効果的な賢いマーケティングなのでしょう。こういう似非科学的な言葉遣いは単に間違っているだけでなく、意見の違いを知能の違いと見なし、他者との対話の可能性を否定するもので極めて悪質と言えます。

似非科学で他人を罵倒し境界知能の方への誤解を広めるよりは、バカとかアホとか下品な言葉で他人を罵る方がずっとましでしょう(そういうこと自体全くお勧めしませんが)。「客観的事実を伝えているだけ」とか「偏見ではなくて事実」などと言って、人を似非科学で攻撃する人よりも単に「お前が嫌いだ」という人の方が少なくとも正直です*13

*1:池田氏は高名な評論家ですが、近頃はアンミカさんへの誹謗中傷をしたり差別的な投稿をしたり、極右と変わらないことをされていて残念に思います。

*2:念のために書くと、私はれいわ新選組の政策の大半に強く反対していますし、全く支持していません。特に令和新撰組MMTに近い経済政策や反米的な外交政策は極めて危険だと思います。また、山本太郎党首の能登半島地震への対応は売名行為に近い行動に思えますし全く賛成できません。れいわ新選組の政治活動がしばしば異様なもので、政治的に先鋭化している点も大変懸念しています。ですから、この投稿はれいわ新選組を評価するものでは全くありません。その点は誤解のないようにはっきりさせておきます。

*3:ですが、残念なことにこれがもっともな意見だと思う方もいます。「僕も、「れいわ」の信者は底辺層だとよく書いているが、下記のようにベルカーブのグラフで図示してあるとよく分かると思う。悪口を言っているのではなく、実態としてそうだ、という事だ。」などと書く方もいますから効果てきめんです(池田氏はこのポストをリポストしています)。実に「賢いマーケティング」です。

*4:山本太郎は情弱を食い物にして選挙制度のバグを利用する | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)

*5:例えば、以下を参照(1)(2)池田氏が「これが「れいわ脳」」と罵っている原口一博氏は、そもそも立憲民主党の議員です。

*6:池田氏は、「境界知能の方は社会的に評価されることが少ない。そういう人は力強く主張する人=尊師が好き。尊師に認められようとSNSでは攻撃的な歩兵になります」とかいう文章をリツイートしていますが、これは何の根拠もない偏見です。これは「てんびん座の人は今週は恋愛がうまくいかない。うお座の人は告白されるかも」とかいうのと大して変わりありません。むしろその方が罪がなくてずっといいくらいです。

*7:この調査によれば、2022年参議院選挙の比例代表選挙での投票政党について「れいわ新選組」と答えた割合は全体(3.2%)よりもむしろ大卒・大学院卒(3.9%)の方が僅かに高くなっています。経営者・役員・管理職でれいわに投票したと回答している割合は6.5%、無職では0.4%です。一方、選挙区の投票政党や支持政党を問う設問では特に目立った傾向はなく、他の政党と同じようなものになっています。

*8:例えば「れいわ新選組の支持者を分析して見えるもの」 | News - 連載・寄稿 - 山猫総合研究所 – 三浦瑠麗 (yamaneko.co.jp)

*9:〇×党の支持者は一般にIQが高いとか低いとかそういう低レベルなことで争うのはそもそも恥ずかしいと思います。下らないレッテルを張っていないで政策自体の良しあしを議論したらいいでしょう。

*10:限定的な証拠しかありませんが、IQが高いほどどちらかといえばむしろリベラルになる傾向があるとする研究があります。Stankov, L. (2009). ”Conservatism and cognitive ability.” Intelligence, 37(3), 294-304, Kanazawa, S. (2010). ”Why liberals and atheists are more intelligent.” Social Psychology Quarterly, 73(1), 33-57, Carl, N. (2014). ”Verbal intelligence is correlated with socially and economically liberal beliefs.” Intelligence, 44, 142-148.

*11:例えばDeary, I. J., Batty, G. D., & Gale, C. R. (2008). "Childhood intelligence predicts voter turnout, voting preferences, and political involvement in adulthood: The 1970 British Cohort Study," Intelligence, 36(6), 548-555, Rindermann, H., Flores-Mendoza, C., & Woodley, M. A. (2012). "Political orientations, intelligence and education." Intelligence, 40(2), 217-225.

*12:知的で洗練された人が専門外のことに関して風変わりな意見を持っているということはしばしばあるものです。議論の余地がある研究ですが、むしろ高いIQを持つ人ほど極端な政治的意見を持つ場合があると主張する研究もあります。Charlton, B. G. (2009). Clever sillies: Why high IQ people tend to be deficient in common sense. Medical Hypotheses, 73(6), 867-870.少なくとももIQが高いほど政治的に穏健になるというエビデンスはないようです。

*13:なお、池田氏山本太郎は情弱を食い物にして選挙制度のバグを利用する | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)と題する投稿で、ご自身の令和新選組の支持者と境界知能の方への中傷を弁護されていますが、その投稿は典型的な似非科学用語をちりばめた投稿になっています。少し長くなりますが、引用しましょう。

「れいわ信者は論理的に思考できない情報弱者

特定のグループをターゲットにするセグメンテーションも、マーケティングではありふれた手法だが、目新しいのはそれを政治に応用したことだ。常識的には、政党の目的は過半数の支持を得ることなのでセグメンテーションは無意味だが、55年体制社会党は、中選挙区で1議席とるために労組の支持者をターゲットにした。これは政権をとるためではなく、労組幹部の論功行賞として選挙制度にただ乗りしたものだ。このようなフリーライダーをなくすためにできたのが小選挙区制だが、そのとき妥協の産物として比例代表ができ、これが新たなただ乗りの温床になった。」(太字池田氏自身による強調で原文のまま)。

池田氏は「政党の目的は過半数の支持を得ることなのでセグメンテーションは無意味」と言いますが、特定の層に訴えるような政策を用意する政党はいくらでもあります(というよりも殆どの政党はそうしているはずです。過半数をとるためにも様々なグループに訴えるような政策を複数用意するのが効果的です)。「政党の目的は過半数の支持を得ること」というのは池田氏の勝手な定義です。別に数議席でも政策に影響を与えられれば目的を達成できるケースだってあるでしょう。日本に限らず、政策を実現するために一定の議席をとる戦略の政党はどこの国にも昔からあり、別に珍しくありません。セグメンテーションという難しそうな言葉を使おうとするあまりおかしなことになっているとしか思えません。

そもそも、「特定のグループをターゲットにするセグメンテーションも、マーケティングではありふれた手法だが、目新しいのはそれを政治に応用したことだ。」という一文は主語が何なのかさえはっきりしません。小見出しからすると、主語は「れいわ新選組」であると考えるのが普通でしょう。

ところが、次の文章を読むと、「55年体制社会党は、中選挙区で1議席とるために労組の支持者をターゲットにした」とあります。池田氏は、社会党も「特定のグループをターゲットにするセグメンテーション」をやっていたと考えているように見えます。深遠な意味のある文章なのでしょうが、常人には到底意味が分からない文章です。

池田氏によれば、社会党は「政権をとるためではなく、労組幹部の論功行賞として選挙制度にただ乗りした」「フリーライダー」であるそうです。フリーライダーとは、外部経済がある場合等で、財・サービスの費用を払わずに便益だけを享受している人を指しますが、ここでは社会党がどんな財の何の費用を払わずに、どんな便益にただ乗りしたのか全く不明確です。

社会党はその政策の是非はともかく選挙に参加し、当選するために運動し(費用も払い)、野党として一定の議席をもって政府の政策に多少は影響を与えていたのですから、「ただ乗り」とか「フリーライダー」とか悪そうな印象を与える言葉で形容するのはおかしいでしょう。池田氏の説では「政党の目的は過半数の支持を得ること」なので、過半数を取ることを目的にしない政党はフリーライダーなんでしょうか。そんなことを言い出したら、過半数をとる可能性のない野党はみんなフリーライダーでなんだか悪いものだという変な話になります。

結局、池田氏の文章において「フリーライダー」とか「ただ乗り」とかいう言葉は明確な意味がなく、何となく悪そうな印象を与えているだけです。社会党は非現実的な安保政策や経済政策を掲げる問題の多い政党だったと思いますが、池田氏の批判のやり方はフェアではありません。

ご覧の通り、池田氏の文章で使われている専門用語らしきカタカナ語は話を分かりにくくしているだけで何の役にも立っていないことがわかります。引用部分の後にも池田氏の文章は長々続いていますが、池田氏はれいわ新選組が「特定のグループをターゲットにするセグメンテーション」やら「フリーライダー」やらをしている具体的根拠を一つもあげていません。意味のありそうで意味のないカタカナ語を並べると、何か小難しいことを言っているような雰囲気にはなりますが、そんなことをしても話の本質は何も変わらないのです。