柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

ブログ開設にあたって

「私たちが一緒にいたとしたら私は沈黙していたでしょう。私たちが離れているから私は手紙を書かずにはいられないのです」[1]

これは、作家のフランツ・カフカが恋人のフェリーツェにあてた手紙の一節です。一緒にいたら黙っているのに、文章になると雄弁だなんて、なんだかおかしなことにも思えるでしょう。直接生の声を伝えてつながることができるのに、なぜそうしないのか、と。カフカの言っていることはまるで筋の通らない話に思えます。

しかし、私たちが対面で相手と話しているとき「直接」相手とつながっているというのは本当でしょうか?例えば、私たちが作家を捕まえて、まごついている作家から直接何事かを聞き出したならば、作品を読むよりもその作家と「つながり」、作家を「理解した」ことになるでしょうか。おそらくそうではないでしょう。

誰かと「直接」つながることができる、対面でこそ真実が露になるというのは幻想です。作家を理解するのは日々生活を共にしている家族よりも、一度もあったことのない熱心な読者かもしれないのです。作家の「素顔」を知ろうとし、直接体験を求めるのはおそらく実りのないことです。作家は文章で勝負するものですし、それで生きています[2]。その作品には作者の表現したい一番価値のあることが一番明確に書かれているのが普通です。作者自身に会って話を聞くよりも、伝記的事実をあれこれ調べるよりも、あるいは作者の写真や映像などを見るよりも書かれた作品を読む方がずっと良いでしょう。少なくとも作家の提供できる一番ましなものはその文章なのですから。

距離の近さは相手を理解する不可欠の条件ではありません。いや、むしろ互いに分かり合うためには、媒介のない直接的接触が必要だという発想自体、危ういところがあるというべきかもしれません[3]。所詮は他人である以上、わかりあうことはあり得ないし、直接的な接触など望むべくもありません。どんな関係であれ適切な距離はむしろ不可欠なのではないでしょうか。適切な距離は相手への敬意です。あなたの私的領域にずかずか入ってくる他者とは、それがいかに親密な相手であれ、うまくやっていくことなどできないでしょう。適切な距離のない会話は敬意のない会話であり、実りのないものに終わるでしょう。自分だけの部屋をもち、適度に他人とつながっていないこと(少なくともつながりたくないときにつながらないこと)がいかに大切なことかはなかなか理解されません。

カフカが現代に生きていたら、そばにいても恋人にはSNSで連絡を取っていたでしょうか?もちろん、推測しても仕方ないことですが、多分、彼はSNSが苦手な方だったのではないでしょうか[4]SNSでは対面と同じように、その場その場の即興的なやり取りがなされ、次々と言葉が流れていきます。ですが、ある種の作家にとって言葉は流れて行ってしまっては困るわけです。SNSのやり取りは双方向で、どちらかといえば会話に近いものがあります。こうしたやり取りでは相手との間に必要な距離はしばしば見失われがちです。接触は直接的で距離がありません。もちろん、それはそれで楽しいに違いないのですが、それが好きになれない人も一定数はいるでしょう。

便利なメディアを使うのは当然の選択肢ですが、それをどう使いこなすかは個々人の責任と判断ですし、敢えてそれを捨てるという選択もあり得ます。資本主義の良いところは、自分が好きなものを選ぶ自由があることです。最先端の流行についていけなければ、そこから降りる自由もあるのです。自分自身が使いこなせないと思うものは使わないというのも当然あって良い判断です。

さて、私はカフカのような優れた作家とは程遠いのですけれども、私が提供できる一番ましなものは私の文章であると思っています(誤植などは申し訳ないのですが…)。一昨年来、『自由と成長の経済学』が思いのほか好評をいただき、メディア出演の機会も増えましたが、残念なことに私は話すのが得意ではありません。十分にお話ししたいことを伝えられない場合もしばしばで、思わぬ誤解を受けることもあります。本にするほどの整理された内容ではありませんが、その時々にこれは言っておきたいなと思ったことを書いて皆さんにお伝えするのも一つの責任の取り方ではないかなと思うようになりました。

ただ、SNSを使うのは私にはあまり向いていないように思いましたので、少し今の時代の風潮には反するかもしれませんが、SNSではなく、ブログという形でメッセージをお伝えすることにした次第です。読者の皆様とは敢えて少し距離を置いたお付き合いをさせていただきたいと思っております。

 

[1] 1912年11月8日の手紙. 邦訳は『カフカ全集』10巻参照.一部訳を改めています.

[2] 1913年8月20日の手紙では、カフカは次のように書いています。「話すのは私にはまったく性に合わないのです。私が何を言おうと、私の意味では間違っているのです。話すことは私の言う全てからその真剣さと重要さを奪ってしまいます。私にはそうとしか思えません。会話にはたくさんの外的要因や外的制約が絶えず影響するのですから。ですから、私が無口なのは必要に迫られてもあるのですが、確信からでもあるのです。私にとって、文章は唯一の適切な表現形式ですし、私たちが一緒にいるときでさえもそうでしょう」(邦訳は全集11巻参照)。

[3] これは話すことに特権的な地位を与えたプラトンからレヴィナスに至る西洋哲学の伝統的発想です。

[4] 実際、彼は当時発明されたばかりの電信にそれほど好意的ではなかったように見えます。なお、ここで書いたのはカフカの作品論としては言うまでもなく全く不十分ですので(特に後期の思想について)、ご関心のある方は専門書をご覧ください。