柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

リバタリアン党ミーゼス・コーカスはなぜ危険か(4)

LGBT差別について

リバタリアン党Mises Caucusの危険性についてこれまで3回にわたり議論してきましたが、今回は党内のLGBT差別について論じましょう。木村様からは、Mises Caucusの「LGBT[への批判]は政府による公教育などでの強制的な「差別是正措置」に反対しているもの」であり、問題ないというご意見をいただきました。

しかし、Mises CaucusのメンバーのLGBT嫌悪の姿勢は明白ですし、それはLGBT教育等の特定のLGBT政策への反対といった話とは全く無関係です。その多くは、「LGBTは未成年の性的虐待に関与している」とかいった類の根拠がない偏見や陰謀論です。Angela McArdle全国委員会委員長をはじめ、Mises Caucusのメンバーの間では小児性愛者とLGBTを結びつける陰謀論が蔓延していることは広く報じられている通りです*1。Advisory Boardのメンバーである Maj Toureは、「LGBTの権利擁護運動で使われているプライド・フラッグには、小児性愛者を表すとされる色が含まれている」という趣旨のデマを投稿し、性的マイノリティへの憎悪を執拗に煽っています*2。2023年4月には彼はDrag Queen Story Hour *3に参加者の殺害を示唆する脅迫をしたため、Twitterアカウントを停止されているほどです(現在は別アカウントを使って活動を継続)*4

デラウェアリバタリアン党の公式Xは、LGBTの権利擁護は変質者を利用して社会主義を建設する陰謀だと主張する荒唐無稽な投稿をしていますし、同じようなものはいくらでもあります。

LGBT嫌悪の最悪の例は、Mises Caucusの有力メンバーであるジェレミー・カウフマン(Jeremy Kauffman)の投稿でしょう。彼は2021年3月7日に「もし毎年1000人のトランスジェンダーの人たちが殺されるが、税金がないのだとしたら、私たちは今より遥かに道徳的な世界に住むことになるだろう。参考までにいうと、米国では毎年40人のトランスジェンダーが殺されている。」という投稿をしています。これはトランスジェンダーの人への尋常でない敵意に満ちた表現だと思いますが、いかがでしょうか*5

なお、木村様にはこのような投稿についてどうお考えかお尋ねしたのですが、お返事を頂けませんでした。これが「政府による公教育などでの強制的な「差別是正措置」に反対しているもの」ではないのは明らかではないでしょうか。

特定のLGBT関連政策に反対するのと、こういったLGBTの方を傷つける陰謀論や憎悪をまき散らすのは全く別の問題です。そもそも、Mises CaucusのメンバーのLGBT差別は今に始まったことでさえなく、Advisory BoardのメンバーであるRon Paulなどは、1990年代にも同性愛者が意図的にエイズを広め、それを連邦政府が隠ぺいしているという陰謀論を唱えていました。例えば、1994年のニューズレターでは「同性愛のような行為をせず輸血を受けず注射針を交換したりしない人は、悪意のあるゲイに意図的に感染させられない限り、事実上エイズに感染しない」などと出鱈目なデマを述べています*6。人種差別などあらゆる差別がそうですが、要するに差別する理由は何でもよく、まず差別ありきなのです。その時の流行の話が差別の煽動に利用されているだけなのです。

なお、今回のリバタリアン党の党大会では、Classical Liberal Caucusに所属する同性愛者のチェース・オリバー(Chase Oliver)候補がリバタリアン党大統領候補に選ばれましたが(2024年5月26日)、Mises Caucusのメンバーによるオリバー候補への攻撃は同性愛嫌悪に満ちています。カウフマンはオリバー候補を「ゲイの共産主義者」と罵倒し、トランプ元大統領への支持を公言しています。彼らの極端に攻撃的なレトリックが強制的なLGBT教育に反対するとかそういう問題ではないのは明らかではないでしょうか。

なお、リバタリアン党の名誉のために言えば、リバタリアン党は元々LGBTの方に寛容な政党であり、民主党共和党も同性愛者を差別していた時代にいち早く同性婚合法化など性的マイノリティへの差別撤廃を公約に掲げてきた政党です。リバタリアン党の最初の大統領候補ホスパーズ(Hospers)は同性愛を公言する米国初の大統領候補でした。1976年に出版された同性愛者の権利を擁護するリバタリアン党のパンフレットは次のように、高らかに宣言しています。

リバタリアン党は同性愛者の権利を信じて誕生したのである。すべての人の個性の発展のための完全な自由の促進の必要性こそ、わが党の結党の理由だったのである。New York Times(1972年2月6日付「新党、デンバーでデビュー」)に掲載された我々に関する最初の記事には、我々の第一目標が掲げられている。即ち、「被害者がいない犯罪[同性愛の取り締まりなど]に対する全ての法律の廃止」である(徴兵制の廃止、徴兵忌避者と脱走兵の恩赦、金の私有といった目標さえもこれより前に置かれてはいなかったくらいである)。それ以来、[…中略…]同性愛者の権利は、事実上すべての主要なリバタリアン党の選挙キャンペーンの争点なのである。」*7

被害者なき犯罪の処罰に反対し、性的マイノリティの迫害に反対する思想は、ベンサムやミルといった先駆者からフリードマンマクロスキーまで自由主義リバタリアニズムの思想のメインストリームと言えます*8。ですから、オリバー候補の方こそ伝統的なリバタリアンなのです。同性愛嫌悪の不寛容なMises Caucusは元々のリバタリアン党とは異質なものというべきです。

さて、これまでの議論から、私の指摘したMises Caucusの問題はいずれも誤解でもなんでもなく、明確な事実であることが理解していただけたかと思います。4回にわたって、かなり詳しく根拠を書いてきましたが、私が書いたような話はリバタリアン党の動向をある程度追いかけていれば自明の事実です。第1回で紹介した通り、Mises Caucusの危険性は、リバタリアン系を含む多くのメディアで報じられています。もちろん、木村様にはリバタリアン党への思い入れがあるのでしょうし、ご自身が好きなものを弁護したい気持ちもわからないではありません。ですが、「Mises Caucusにも良いところがある」とか「問題はあるとしても擁護できる部分はある」というご意見ならともかく、実際に起こっていることを否定するのは健全な議論の仕方ではないと思います*9

*1:Libertarian Leak: Extremist Ties, Anti-LGBTQ+ Remarks, GOP Collaboration | Southern Poverty Law Center (splcenter.org) The Right-Wing Groomers Who Call Everyone Groomers — Queer Majority

*2:Activist falsely claims pride flag endorses pedophilia | Fact Check (afp.com)

*3:女性に仮装した男性が絵本の読み聞かせをするイベント。多くの参加者は同性愛者やトランスジェンダーなど性的マイノリティの方です。こういうイベントの個人的な好悪とか是非は議論したければいくらでも議論してよいですが、Maj ToureのTweetは殺害の脅迫、殺人の煽動であり論外です。米国では実際にたくさんの人が殺されているんですから、”冗談”では済まされません。

*4:The Right-Wing Groomers Who Call Everyone Groomers — Queer Majority 皮肉なことに、LGBTの方を小児性愛者の犯罪者呼ばわりするMises CaucusのメンバーにはMaj ToureやTom Woodsをはじめ、未成年の性的虐待の疑惑があったり処罰されたりした人が少なくありません。

*5:彼を弁護するファンの人たちは「これは税金がなくなればいいのに、という願望を述べているだけで問題ない」などとアクロバティックな擁護をするかもしれません。ですが、もし税金がなければよいといいたいだけならトランスジェンダーへの侮辱的言及は全く不必要なはずです。彼が実際に何を言いたいのかは間違い夜がありません。投稿の主たる意図はトランスジェンダーの方への憎悪の煽動であるのは明白です。

*6:10 Extreme Claims in Ron Paul’s Controversial Newsletters – Mother Jones

*7:Gay Rights: A Libertarian Approach | Libertarianism.org

*8:例えば、The Libertarian Case For LGBT Rights — Queer Majority Deirdre McCloskey: Milton

*9:まあ、私のようなことを言うのは、おそらく”真の”リバタリアンではないのかもしれません。