柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

リバタリアン党ミーゼス・コーカスはなぜ危険か(1)

経済ジャーナリストの木村貴様より、私のMises Caucusに関するXの投稿に対してコメントをいただきました。通知を見落としておりお返事が遅くなってしまいましたが、お返事させていただきます。5月22日にちょうどリバタリアン党党大会にトランプ元大統領が招待されたことが話題になっていたため、私はトランプの招待を主導したのがリバタリアン党のMises Caucusという極右の派閥であることを紹介し、次のように投稿しました。

これに対して、木村様からいただいたコメントは次の通りです。

非常に丁寧に礼儀正しくコメントいただき感謝いたします。ただ、残念ですが、ご意見には同意しかねます。ご指摘の点について、Mises Caucusと①ネオナチ、②南部連合、③LGBT差別の関係についてそれぞれお答えしたいと思います。長くなりますので、何回かに分けてお返事します。今回はネオナチについてのコメントにお答えします。

ネオナチ、反ユダヤ主義について

まず、失礼ながら、私の投稿は、「Mises CaucusのAdvisory Boardに「ネオナチ」がいる」などといったことは一言も言っておりません。私が主張していないことを主張したような誤解を招く投稿はやめていただけないでしょうか。私は「Mises Caucusは極右であり、その支持者の陰謀論やマイノリティー差別(南部連合支持、ネオナチ、LGBT差別等)が問題になっている」というリバタリアン党に多少なりとも関心をもつ人の間ではよく知られた事実を指摘しただけです。実際、この指摘は全く論争的な内容を含んでおりません。

近年のリバタリアン党がネオナチなど極右に融和的で、支持者が差別的主張をしているのは客観的事実です。Mises Caucusの問題点は、人権団体*1はもとより、著名なリバタリアンシンクタンクであるケイトー研究所のPeter Goettler所長*2や故David Boaz元副所長*3をはじめとする著名なリバタリアンの思想家、リバタリアン党の党員・元党員*4リバタリアニズムに好意的*5もしくは中立的なメディア*6でも報道されています。私はただ単に客観的事実をお伝えしたまでです。

Mises Caucusはオーストリア学派の経済学者ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼスの名前を冠してはいますが、思想的にはむしろミーゼスの弟子のマレー・ロスバードの晩年の思想から大きな影響を受けています*7。晩年のロスバードは、ホロコースト否定論者Harry Elmer Barnesを称賛し、元KKK幹部の反ユダヤ主義陰謀論者David Duke支持するほど右傾化していた人物です*8。ですから、Mises Caucusがネオナチや極右に近いのは全く当然のことです*9

実際、Mises Caucusがネオナチと交流しているのは公然の事実です。Mises Caucusの主催するイベントにネオナチが登場するのも日常茶飯事です。Bryan Sharpe (Hotep Jesus)Ian Smithは、著名なホロコースト否定論者の反ユダヤ主義陰謀論者ですが、Mises Caucusのイベントに招かれています。Mises CaucusのAngela McArdle全国委員会委員長はBryan Sharpeを「真実を追求する人で何が起きているか知っている」などと称賛しています*10。彼女は反ユダヤ主義疑似科学German New Medicineを推奨したこともあります*11

木村様がこだわっておられるAdvisory Board のメンバーを含め*12、Mises Caucusの幹部の相当数は、ネオナチではないとしても、極めて反ユダヤ主義的で、ネオナチの同伴者であるのは明らかです。例えば、Advisory Board のメンバーであるDave Smithは Nick Fuentes, Richard Spencer, Christopher Cantwellといった有名な白人至上主義やネオナチの指導者をしばしば自身のトークショーに招いています*13。特にホロコースト否定論者のFuentesについては「同伴者」(fellow traveler)であると表現し*14、共感を隠していません。スミスをナチの共感者とみなすのは正当なことでしょう。

同じくAdvisory Board のメンバーのScott Hortonも、反ユダヤ主義者の活動家Ryan Dawsonを自身のトークショーに招き*15、「ドーソンは人種差別主義者から最も遠い存在」*16で、キャンセルカルチャーの犠牲者であるなどと主張しています。ドーソンは有名なホロコースト否定論者であり、ユダヤ教小児性愛者の宗教であるとか9.11テロにイスラエルが関与したといった根拠のない反ユダヤ主義陰謀論を唱えていることでも知られている人物です*17。このような人物を公然と賞賛する人物はネオナチの協力者とみなされて当然です。

やはりAdvisory Board のメンバーであるRon Paul元下院議員は、1980-1990年代のニューズレターの中で、ヒトラーを讃える人種差別主義者を称賛し、米国議会はイスラエルロビーが操っている、1993年の貿易センタービルに対するテロの犯人はモサドだ等と主張するなど荒唐無稽な反ユダヤ主義陰謀論を繰り返し主張し大きな問題になったことがあります*18。批判を浴びたポール氏は後に自分がニューズレターの筆者であることを否定しますが、いずれにせよ、彼が反ユダヤ主義陰謀論者と密接な関係を持っていたのは明らかです。彼の発言はその後も相変わらず反ユダヤ主義的で、ホロコースト否定論者を含む陰謀論者との交流をやめていません*19。Advisory Board のメンバーにネオナチの協力者がいるのは明らかだと思いますが、いかがでしょうか。

Mises Caucusの指導の下で、リバタリアン党の候補者に紛れもないネオナチが指名されているのもよく知られている事実です。例えば、リバタリアン党アリゾナ支部は、2023年3月にホロコースト否定論を唱える陰謀論者David Croteauをピマ郡監督委員会(Pima County Board of Supervisors)の管区委員に推薦しています*20。彼はアンネの日記は偽物で、ホロコーストは「もちろん嘘だ」とか、9.11テロはイスラエルの陰謀とかいった主張を支持しているような人物です。これは明らかにネオナチのプロパガンダです。同様に、リバタリアン党ニューハンプシャー支部は、極右と関係し「ヒトラーは天国に行った」などと反ユダヤ主義的言説を繰り返し主張するKarlyn Borysenko*21ニューハンプシャー知事の候補者に指名しています*22

Mises Caucusの指導の下でリバタリアン党反ユダヤ主義陰謀論に傾斜し、ネオナチまがいの主張をしていることはよく知られています。例えば、リバタリアン党ミシガン支部の公式Xは、共和党民主党ユダヤ人が操っていると示唆するどきつい漫画とともに「右であれ左であれ、シオニストは彼らの欲するものをいつも手に入れる」と述べた投稿をしています*23。残念なことに、こうした反ユダヤ主義的な投稿はもはや珍しくありません。

中でも極めて攻撃的な反ユダヤ主義的投稿で大きな批判を浴びているのがリバタリアン党ニューハンプシャー支部です。2022年8月には、ニューハンプシャー支部の公式Xは、ホロコーストをあざ笑うような投稿「600万ドルの最低賃金か、さもないと、あなたは反ユダヤ主義的だ」(600万人のユダヤ人がホロコーストで殺されたことと、最低賃金制度に反対する党の立場をかけている)をしています。

この投稿は批判が殺到したためさすがに削除されましたが、その後もニューハンプシャー支部の公式Xは相変わらず反ユダヤ主義的な投稿を繰り返しています。特に2023年7月29日の以下の投稿は、ネオナチを意識した犬笛というべきで極めて悪質です(この投稿は大きな批判を浴びましたが、2024年6月現在も削除されておらずそのままです)。

「私たちは自らの種族の存続とリバタリアンの子孫の未来を守らねばならない」("We must secure the existence of our people and a future for libertarian children.")という言葉は一見無害に見えますが、これは明らかに14 wordsと呼ばれるネオナチのスローガン「私たちは自らの種族の存続と白人子孫の未来を守らねばならない」("We must secure the existence of our people and a future for white children.")を意識したものです。このスローガンは、ネオナチ団体The Orderに所属するDavid Laneという人物が1980年代に考え出したものですが、Laneはユダヤ系のラジオ司会者を殺害したりシナゴーグを爆破したりする等の罪で懲役刑に処された重罪人です。

反ユダヤ主義を監視する人権団体ADLが指摘するように、14 wordsは「世界で最も有名な白人至上主義のスローガン」*24であり、極右の間では「14」といっただけで通じるほどよく知られています。14 wordsを唱えることは白人至上主義者の証で、米国では明確に人種差別主義的と認識されています*25ニューハンプシャー支部の投稿は14wordsのwhiteをlibertarianに変えただけで、他は一字一句同じです。明らかに差別を扇動するための白人至上主義者への犬笛とみなしてよいでしょう。

こういった一連の動きは明らかに単なる偶然や個人的見解などと片づけられるようなものではありません。リバタリアン党Mises Caucusとネオナチの関係は、人的交流から言っても、彼ら自身がネオナチの主張を称賛したり取り入れたりしていることから言っても明白で否定しようがありません。このような荒唐無稽で差別的な陰謀論からはっきりと距離をとらなければ、リバタリアニズムは破滅するほかないでしょう。

*1:Mises Caucus: Could It Sway the Libertarian Party to the Hard Right? | Southern Poverty Law Center (splcenter.org)

*2:Opinion | Trump is no libertarian, but neither is today’s Libertarian Party - The Washington Post

*3:What's Donald Trump Doing at the Libertarian Party Convention? | Cato at Liberty Blog

*4:例えば、Joshua Reed Eakle氏の説明を参照。John M Hudak氏はMises Caucusの内情を報告する記事を複数書いています。例えば、Why I Left the Libertarian Party Mises Caucus (wordpress.com)は有益です。ほかにも元党員や党員の声を伝えたものとして、例えば以下をご覧ください。Leak Shows Libertarian Party’s Far-Right Leadership Squabble | Southern Poverty Law Center (splcenter.org)

*5:例えば、ReasonやUnpopulistはリバタリアン系のメディアですが、Mises Caucusの極右的姿勢に極めて批判的です。

Libertarian Party Rebuffs Mises Uprising (reason.com)

Mises Caucus Takes Control of Libertarian Party (reason.com)

How the Libertarian Party Became the Reactionary Arm of Trump and Trumpism (theunpopulist.net)

*6:例えば、以下を参照。

 Libertarian Party Is Fighting a Civil War Over Its Right-Wing Mises Caucus (thedailybeast.com)

The Libertarian Party Goes Alt-Right | The Nation

Is the Libertarian Party on the verge of collapse or rebirth? – Deseret News 

*7:ペイリオリバタリアニズム(Paleolibertarianism)と呼ばれます。「復古派リバタリアニズム」とでも訳せばよいでしょうか。

*8:デュークについて日本語で読める文献としては、渡辺靖(2020)『白人ナショナリズム中公新書,「第2章 デヴィッド・デュークとオルトライト」が便利です

*9:私はミーゼスやハイエクのようなオーストリア学派の経済学者の優れた研究には敬意を払う者ですが、常々、マレー・ロスバードやハンス・ヘルマン・ホッペのようなオーストリア学派の過激派の思想に対しては、彼らの実証的根拠の極端な軽視と人種差別的な思想に強い疑問を感じてきました。この機会なのではっきり言っておきたいですが、私はロスバードやホッペのような思想家には全く何の共感も持っておりませんし暗黒啓蒙は馬鹿げたアイデアだと思っております。

なお、「ハイエクはミーゼスの弟子、ロスバードもミーゼスの弟子で、ホッペはロスバードの弟子だから、全部ミーゼスの責任だしハイエクも似たようなものだ」という意見もあるかもしれませんが、それはあまりに粗雑な意見です。ロスバードはハイエクの思想に明確に拒否していました。

ロスバードのミーゼスへの称賛にもかかわらず、2人の思想も様々な点で大きく異なります。ミーゼスには様々な欠点もあるにせよ、彼はロスバードのような人種差別主義や陰謀論者とは明確に異なるコスモポリタンなビジョンを持った自由主義者でした(例えば、以下を参照。Magness, P.(2019) "Racial Determinism and Immigration in the Works of Ludwig von Mises." Available at SSRN 3490778 , Jensen, J.(2022)  "Repurposing mises: Murray Rothbard and the birth of anarchocapitalism." Journal of the History of Ideas 83.2: 315-332.)。別人格なのですから、弟子の一人が晩年におかしなことを言いだしたからといってそんなことにまで責任は持てるはずがないでしょう(その頃にはとっくに亡くなっていましたし)。

もちろん、勝手に名前を使われているだけのMises Caucusに責任を持てるはずもありません。彼らはちょうどユダヤ人であるイエス・キリストの弟子を名乗っていながら、ユダヤ人を迫害してきた悪しきキリスト教徒のようなものです。

*10:The Libertarian Party Goes Alt-Right | The Nation.これだけでなく、彼女は著名な反ユダヤ主義陰謀論者でデマ拡散者のAlex Jonesも支持しています( 例えば、こちら12)。

*11:これはユダヤ人の医者が意図的に病気を広めており、通常の医学は信用できないと主張する荒唐無稽な白人至上主義の代替療法です。

*12:私はそもそもMises CaucusのAdvisory Board のメンバーには一言も触れていないのですが、木村様が言及しているので取り上げましょう。

*13:The Comedy Industry Has a Big Alt-Right Problem | The New Republic Who Goes Nazi? (humorism.xyz)

*14:Andrew Yang To Speak Alongside Far-right Figures at 'FreedomFest' | Southern Poverty Law Center (splcenter.org)

*15:Hortonは彼だけでなく、ありとあらゆる過激派の危険人物を招いています。

*16:7/10/20 Ryan Dawson on Cancel Culture, Police Reform and the War on Drugs - The Scott Horton Show

*17:Dubious Broadcast ‘Experts’ Seen on Many Networks | Southern Poverty Law Center (splcenter.org) ホートンは9・11テロについてはドーソンの主張を受け入れていないと述べていますが、ドーソンがホロコースト否定論者であることを指摘されながら、いまだに親しく交際しています。

*18:10 Extreme Claims in Ron Paul’s Controversial Newsletters – Mother JonesおよびAngry White Man | The New Republic 10 Most Shocking Ideas in the New Ron Paul Newsletters (thedailybeast.com)

*19:例えば、Ron Paul, Birch President to Speak at Anti-Semitic Conference | Southern Poverty Law Center (splcenter.org) The Ron Paul Institute: Be Afraid, Very Afraid (thedailybeast.com)

*20:Pima Supes appoint Holocaust denier as Libertarian Party official (tucsonsentinel.com)

*21:PragerU Presenter Karlyn Borysenko Says Jewish People Chose To Die In Holocaust - Newsweek

*22:Karlyn Borysenko - Ballotpedia

The Libertarian Party of New Hampshire nominated a literal MAGA supporter and Holocaust apologist for Governor (Karlyn Borysenko), how exactly is this woman even considered a Libertarian? This is why LPNH needs to be disaffiliated (since they are causing immense damage to our party’s image) : r/LibertarianPartyUSA (reddit.com) 彼女自身は問題の発言は「切り取り」などと主張していますが、彼女のそのほかの発言を見た人ならそうは思わないでしょう。彼女はこの件でホロコーストの犠牲者や遺族に全く謝罪せず、それどころか世間の反応を面白がっています(PragerU Presenter Karlyn Borysenko Says Jewish People Chose To Die In Holocaust - Newsweek)。彼女はネオナチのNick Fuentesをほめたたえ(例えば)、「すべてのユダヤ人が米国を支配しているわけではない。偶々全員がユダヤ人である強力なエリートの少数の特定の集団がそうしている」などとあからさまなユダヤ人陰謀説を投稿し、しょっちゅうユダヤ人を嘲笑する投稿(例えば以下を参照)を繰り返していますし、ヒトラーを気軽に持ち出しています。例えば、「犬たちに信頼されない人を決して信用するな」とXに投稿した後、trizを名乗るアカウントがヒトラーが犬と散歩する映像をつけて「Karlyn博士は正しい」とメッセージを送ってきたのに対して、「犬たちはヒトラーを愛していた」と返信しています。これはヒトラーは信用できるといっているのは明らかでしょう。白人至上主義者に「ヒトラーの最高の写真」を送るようにと投稿したこともあります。これがノーマルな政治家に見えますか?

*23:‘The Zionists Always Get Their Way’: Libertarian Party of Michigan Posts Antisemitic Cartoon Depicting Jews as Puppet Masters - Algemeiner.com

*24:14 Words (adl.org)

*25:渡辺靖(2020)『白人ナショナリズム中公新書, 29頁.