柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

観光税の負担

3月6日、大阪府の吉村洋文知事が、オーバーツーリズム対策として訪日外国人客を対象とした徴収金の導入を検討すると発表しました*1。大阪・関西万博が開幕する25年4月をめどに導入する方針とのことです。大阪府は既に宿泊税を2017年から導入していますが、宿泊税についても増税を検討するそうです。日本政府も2019年から国際観光旅客税(出国税)を出国一回につき1000円徴収していますが、今後は地方でも観光税・宿泊税を徴収する動きがますます広がりそうです。

観光税や宿泊税はいわば”よそ者”を課税対象にする税であるため有権者の抵抗が弱い税金です。しかし、税を負担するのは外から来た人なので関係ないという発想は誤りです。たとえ観光税や宿泊税を払うのが外国人観光客だとしても、通常は観光税や宿泊税を課税した地域の宿泊施設や観光産業にも負担が発生します。

例えば、ある地域で外国人観光客に対する宿泊税が導入され、その地域の旅館の宿泊料が値上がりしたとしましょう。外国人観光客の一部は、そこで宿泊するのをやめたり別の観光地に移ったりするはずです*2。観光客が減るのを防ぐために、旅館は宿泊料を引き下げるでしょう。宿泊税がなかった場合よりも旅館側の受け取る税引き後の宿泊料は下落します。宿泊税の負担の一部は観光客から旅館に転嫁されます。

旅館の税引き後の宿泊料がどの程度下落するかは市場の状況によって異なります。負担の割合は簡単に言えば、観光産業の需要側と供給側の相対的な強さで決まります*3。需要側についてみると、一般に観光客がその地域での宿泊にこだわりがあればあるほど観光客の税負担は重くなります。例えば、観光客がその地域に強い執着がありいくら払ってもそこに宿泊するような極端なケースでは、税引き後の宿泊料は全く下落しません。宿泊税分値上げしても観光客は逃げないので、旅館は宿泊料を宿泊税分値上げし、その全額が観光客の負担になります。

もちろん、そんなことは普通は起きません。観光客は「どうしても大阪に泊まるぞ」とか「京都に行くにはいくら払ってもいい」等とは思っていないでしょう。むしろ、高いなら代わりに別の観光地に行く、隣県にリーズナブルなホテルがあるのでそちらに泊まるといった行動をとる観光客が一定数いるはずです。その場合、やはり客離れを防ぐために宿泊料を値下げする必要が出てきますから通常は旅館側にも税負担が発生します。

先ほどの例とは逆の極端なケース、観光客がその地域にまったくこだわりがなく、少しでも宿泊料が値上がりすれば、観光客が全くいなくなってしまうような場合には、宿泊客離れを防ぐために旅館は宿泊料を増税前と同じにするしかありません。税引き後の宿泊料を宿泊税の税額分だけ値下げせざるを得なくなります。税込みの宿泊料は全く変わらず、税の負担は外国人観光客には一切発生せず旅館側が全額負担することになります。さすがにこれは極端ですが、観光客側が代わりになる観光地がいくらでもあると思っているケースでは近いことが起きます。

供給側についてみると、その地域から離れるのが簡単で別の地域でも営業できるような企業なら宿泊税分は値上げして観光客に払ってもらおうとするはずですし、もしそれで儲からないようなら店をたたんで他の地域に出ていくでしょう(少しでも宿泊料が下がれば旅館がみな撤退するような極端なケースでは観光客側が全額税負担します)。逆にその観光地に特化していて容易に他の地域に逃げ出せない場合であれば宿泊料を値下げしても観光客をつなぎとめようとしますから、旅館側の税負担が大きくなります。

一般に観光税や宿泊税は、その地域の観光サービス・宿泊サービスなしでも済ませられる側の負担が軽く、観光サービスがどうしても必要な側の負担が重くなります。需要側が多少高くても払おうと思うか、供給側が多少収入が減っても続けようと思うか、どちらが相対的に強いかということになります。実証研究をやってみなければ何とも言えませんが、地域レベルの観光税や宿泊税は需要側にとって回避するのが比較的容易で、額が大きくなってくれば宿泊施設や観光産業の負担は小さくないはずです。

これはあらゆる税に言えることですが、税の負担はその税を誰が払うかとは直接関係ありません。税金を払うことになっている人が税負担も支払うとは限らないのです。宿泊施設や観光施設に課税した場合でも観光客に課税した場合でも負担の転嫁が起きるので両者の税負担の結果は変わりません。観光税や宿泊税の負担がどちらに対して重くなるかは地域によっても違うでしょうが、外国人の負担でフリーランチを楽しめるというのは幻想です*4

ところで、吉村知事は、新たな徴収金制度創設や宿泊税増税の根拠としてオーバーツーリズムの問題を挙げています。「(大阪には)万博がありIRがある。魅力がどんどん増すような施策をしているので、外国人観光客はおそらく増えていく」ので、今後オーバーツーリズム対策のための税金が必要になるのだそうです。オーバーツーリズムは、経済学の専門用語でいえば、外部不経済の一種です。観光施設を訪れる観光客と、観光関連施設の取引は双方に利益を与えますが、観光客がごみを捨てたり騒音を立てたりすると、この取引には参加していない周辺の住民が迷惑をこうむります。市場取引が副産物として取引に参加しない第三者に被害を与える現象を外部不経済と言います。理論上、外部不経済への課税(ピグー税)は観光を適正水準に抑制して経済厚生を改善できます。一見すると、大阪府が観光税を導入するのは良いアイデアに思えるかもしれません。

しかし、問題はそもそもオーバーツーリズムを煽っているのは大阪府自身だということです。大阪万博やIRなど「魅力がどんどん増すような施策」をやって観光を振興しようとしている大阪府がオーバーツーリズム抑制のための増税を打ち出すのは矛盾した政策でしょう。観光客は迷惑なのかそうでないのかどちらなんでしょうか。大阪に限らず、全国の市町村は観光振興に力を入れており、わざわざ税金を投入してPRキャラクターを作ったりイベントを開催をしたりして観光客を増やそうとしているのですから、オーバーツーリズムを作り出しているのは当の地方自治体自身です。自分で煽っておいて、いざやってきたら迷惑だというのはちょっと倒錯していはしないでしょうか。観光税を課す前に、まず観光PR予算を削減すべきでしょう。大阪万博に合わせて新しい観光課徴金制度を導入するというのは疑問です。そんなことをするぐらいなら、むしろ万博のチケットを値上げする方が望ましいでしょう*5。そうすれば、万博で発生するオーバーツーリズムの外部不経済をチケットの値上げで内部化できます。オーバーツーリズムの負担は観光関連施設自身がきちんと対策をとってもらい、その費用を賄うのに必要な経費分は値上げで対応してもらうのが一番良いのではないでしょうか*6

公平性の問題からも、地方自治体がこうした税を課税することには問題があると思います。大阪府の新たな徴収金は外国人観光客に課税する方針のようですが、オーバーツーリズムは外国人観光客に限った話ではないはずです。観光に来る日本人と外国人とを区別する合理的理由はありません。こういう規制ははっきり言って極めて差別的ですし、課税の際に外国人観光客かどうかを調べる手間を考えればコスト面や運用面の問題も大きいでしょう。外国人の永住者や留学生の扱いはどうなるのでしょうか。外国人に限らず、一般に、外部の住民に対する差別的な税をかけることには問題が少なくありません。こうした税は「代表なくして課税なし」という原則を無視した権利を持たない人に対する恣意的な課税と言えます。このような税を明確な根拠もなく導入したり増税したりしていくことには弊害が大きいでしょう。再考を求めたいところです。

*1:外国人観光客に「徴収金」導入検討へ…観光公害対策、宿泊税に加え:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

*2:もちろん、日本の観光税があまりに税が高い場合はそもそも日本に以外の国に行くでしょうが、ここではとりあえず地域レベルの税について考えます。ここでは例として旅館とそこに泊まる観光客を考えますが、ホテルとか他の観光施設の場合も基本は同じです。

*3:専門用語を使うと、どちらがより大きく負担するかは、観光需要の価格弾力性と、供給の価格弾力性の相対的な大きさによります。簡単に言うと、○○の価格弾力性というのは○○の価格に対する敏感さを表したものです。需要の価格弾力性というのは価格が1単位変化したとき需要量がどれだけ変化するかを表します。必要性の乏しいなくていいようなものは僅かに値上がりしただけでも買うのをやめる人が大きく増えますから需要の価格弾力性が高くなりますが、必需品は値上がりしてもなかなか手放せませんから需要の価格弾力性は低くなります。供給の価格弾力性は価格が1単位変化したとき供給量がどれだけ変化するかを表したものです。供給の価格弾力性は、すぐに供給を増やせるようなものは高くなりますが、価格が変化してもなかなか供給を増やせないようなものは非弾力的になります。税の負担の割合は、売り手と買い手のどちらに課税するかにかかわらず、より弾力性の低い方の負担がより重くなります。本文に述べたように、その財をなしで済ませられるような側がより有利になりますから、負担はその財から逃げ出せない方がより多く支払うことになります。

*4:観光税は世界中にありますし、同じような幻想はどこでも人気があります(だからといって、世界の愚行を日本もまねるべきだということにはなりません)。関税が人気があるのも同じ理由です。かつてトランプ前大統領は「メキシコとの国境の壁建設の費用は、メキシコへの関税でメキシコ人に払わせるから、米国人に負担は発生しない」と主張しました。関税は、米国の輸入品を高くしますから、米国の消費者の負担になります。外国人が払うから関係ないなどということはないのです。税金で手品をすることはできません。

*5:もっとも私自身は万博がそんな問題になるほどの観光客の増加を発生させるとは思いませんが。

*6:「そういう行政指導しろ」という意味ではありません(念のため)。経費を賄えない観光地は倒産しますし、周辺に迷惑をかけているなら訴訟が起きるでしょう。