柿埜真吾のブログ

日々の雑感を自由に書きます。著書や論考の紹介もします。

『本当に役立つ経済学全史』刊行のお知らせ

お知らせが遅くなりましたが、近日中に新著を出しますので、ご紹介させていただきます!

本当に役立つ経済学全史 (テンミニッツTV講義録) | 柿埜 真吾 |本 | 通販 | Amazon

テンミニッツTVでの講義をもとにした経済学史の入門書です。重商主義から古典派、マルクス等の異端の経済学者たち、限界革命後の新古典派ケインズハイエクフリードマンまでを簡単に解説しています。ご関心を持った方はぜひ手に取っていただければ幸いです!どうかよろしくお願いいたします!

 

交易条件について

少し前になりますが、昨年8月26日に中小企業診断士の竹上将人さんから、日本経済の停滞は実質賃金の停滞で、その原因は交易条件の悪化だから、リフレ政策は意味がないという趣旨のご意見をいただきました。

その際に竹上さんが根拠とされたのが次のグラフです。データの出所は社会保障審議会年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会とありますから、こちらの資料でしょう。

しかし、このグラフを実質賃金低迷がもっぱら交易条件悪化である証拠として使うのは問題があります。それは元の資料にも書いてあることです。私は8月26~27日に次のような趣旨のお返事を書いて、このグラフを使うのは問題があることをお伝えしました。(1)実質賃金は長期的には生産性の問題で金融政策で解決できるものではないですし私自身、そのように主張しています。それに、(2)GDPデフレーターとCPIの乖離は交易条件の変化と厳密に一致するわけではなく、交易条件の悪化は原油価格高騰などで大体は説明できる話で、日本の競争力低下といった話とは必ずしも関係ないのです。この2つ目の論点について、私はかなり詳細にこの点を丁寧に説明したつもりです*1。その際の竹上さんのお返事は「少し時間をください」「影響度合いを知らないで使うわけにいかないので、いろいろ調査してみます」ということでした。

その後、これに関して特にお返事はいただいていませんが、どうやら竹上さんには納得いただけなかったようで、相変わらず同じグラフを何度も使いながら *2、交易条件を大変重視しておられるようです*3。それだけなら結構なのですが、「リフレ派は交易条件問題を矮小化しすぎ」*4「リフレ派系のインフルエンサーは…交易条件派の指摘は数が少ないのと、まともに反論できないから無視」*5しているとおっしゃっています。無視しているというご指摘は当たらないと思いますので、改めて書いておきます。

実質賃金の停滞を説明する要因として交易条件は確かに一定の役割は果たしていますが、GDPデフレーターとCPIの上昇率の差を交易条件と同一視するのは妥当ではありません。両者の乖離が生まれる理由は交易条件だけではないからです。竹上さんがお示しいただいた期間(1995-2021年)でGDPデフレーターとCPIの上昇率の差は0.58%ポイントとなっていますが、このうち、交易条件の影響とみなせるのは0.18%ポイントに過ぎません*6労働生産性と実質賃金の乖離1.02%ポイントのうち、0.58%ポイントが交易条件悪化が原因なら、賃金が上がらないのは交易条件のせいというのはもっともらしいですが、実際は僅か0.18%ポイントに過ぎないわけですから実質賃金低迷への影響は限定的と言えるでしょう。

GDPデフレーターとCPIの上昇率の差は日本だけでなく韓国でも大きいですし、交易条件の寄与と言える部分だけで比較すれば韓国(0.38%ポイント)、フィンランド(0.20%ポイント)、スウェーデン(0.17%ポイント)なども大きく、日本が極端に悪いわけではありません。賃金に限らず、この間の経済停滞を交易条件の悪化を主因として説明するのはやや無理があると思います。日本以外の交易条件悪化がみられる国が日本で生じたような長期停滞を経験しているとは言えないでしょう。

また、実質賃金に関しては、例えばデフレが進行し名目賃金が高止まりした場合は上昇しますが、それは失業の増加を伴うのが一般的です。実質賃金を使うのも経済厚生の尺度として必ずしも適切ではないと考えます。

出所:第3回社会保障審議会年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会「委員からお求めのあった資料」令和5年4月5日

GDPデフレーターとCPIの上昇率の差が作成方法の違いに由来する部分が大きいことについては、竹上さんが出典としている社会保障審議会資料にも明確に書かれています。特に議事録にはこの要因が小さくない理由が解説されています。例えば、日本のCPIの品目のウェートの更新頻度が他国より少ない点、CPIのウエートをGDP統計に合わせて設定している国も多いが、日本ではGDPデフレーターとCPIでは異なるウェイトを採用していることなどが指摘されています*7。国際比較のデータを扱う際には、データの比較可能性に注意する必要があります。交易条件悪化を過度に強調する説明には注意が必要です。

以上が私からの反論になります。私がまともに反論していないとお考えになったのであればそれはそれで結構ですが、リフレ派が交易条件派の指摘を無視しているというのは全く当たりません。私だけでなくリフレ派の先生方も交易条件については様々な場で論文を書いたりご発言したりしておられます*8

交易条件を無視しているという批判をする前に相手の言っていることをきちんと読み、攻撃的なレッテル貼りをするのでなく、正しく紹介していただきたいと思います。例えば、竹上さんは原田泰先生のご論考*9を紹介したポストに対して、以下のようにコメントしておられます。

しかし、実際に問題の文章(ついでに言えば無料です)を読めば、原田先生が竹上さんの使用している図とは異なるGDP統計のデータを用いて分析していること(従ってこの図を見たら一目瞭然というのは不適切な注釈であること)、交易条件悪化に明確に言及していることが容易に確認できます。増税で説明できない「残りは交易条件の低下で説明できる」「増税と交易条件の低下がなければ、労働生産性と実質賃金はほぼ同じように伸びていた」というのがこの論文の結論です*10。「交易条件悪化を無視する」どころでないのは明らかでしょう。原田先生の交易条件に関する記述を無視しているのは竹上さんの方です。リフレ派を批判するにしても、きちんと内容を読んでから批判して欲しいと思います*11

 

*1:以下を参照()、ご質問にもそれが誤解であることをお答えしました(10 1112)。

*2:2025年9月18日9月22日10月13日11月18日11月20日(1)、11月20日(2)、12月16日12月21日12月27日12月28日12月29日

*3:例えば、2025年12月2日の投稿では、「僕はXで人気のある小さな政府論にも、高圧経済にも、リフレにも、ハンキンにも、財政破綻派にも、財政再建派にもどれにも反対です。あえて言うと交易条件派でありかつ大きな政府に近い考えです」と宣言されています。

*4:「リフレ派は交易条件問題を矮小化しすぎ。なんで、23年から改善しているから問題ないでしょとか、円安のせいではないよ。資源高のせいだよ。資源高が終われも終了するかのように言うんだ。日本の輸出構造の問題だから、2000年代からずーと悪化しているのに、今資源高も落ち着いて改善しましたとか、なんじゃそりゃ。」

*5:全文は以下の通り。「リフレ派系のインフルエンサーは噛ませ犬のように経済学に無知な財政破綻派を叩いて溜飲を下げている。交易条件派の指摘は数が少ないのと、まともに反論できないから無視。一度だけ片岡は交易条件の指摘について返信したが、竹上は間違っているが理由は言わないというヘンテコリンなもので。それに田中秀臣がブロック越しから人格批判➕リフレ派は昔から財政を重視していた。なぜなら俺がそうだから。とか言って被せてきた。お前の話しはしてないのだが。」この投稿の言葉遣いは控えめに言って上品ではないですね。ブロックされた、あるいは無視された、相手も攻撃している(と思う)からと言って、自分が何を言ってもいいというようなことはないです。常識ではないでしょうか。誰だって、「岩田は…間違いなく一番の糞」で「田中秀臣とかはショッカーに出てくるイーとか言っている戦闘員みたなもので」(2025年11月23日のX投稿)などと言っている方と真面目に議論する気がしなくなるのは当たり前ではないでしょうか。

*6:これは竹上さんがお示しいただいた資料にも書いてあります。

*7:例えば、議事録には次のような発言があります。「国内家計最終消費支出デフレーターと消費者物価指数の乖離は、算定方式の違い等と書いてありますけれども、実際にはカバーしている消費支出の範囲が違うという問題も結構重要。」(深尾京司委員長の発言。第2回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会 議事録)。「作成方法の差について各国のCPI統計の作成方法に違いがあることが影響しているのではないかという御指摘をいただきましたので、違いの1つとして、CPIのウエートの更新頻度を調べたものになります。日本は5年に一度ウエートを見直して基準年を更新することになっておるわけですが、この更新頻度は国によって様々でありまして、多くの国は日本よりも多い頻度で見直しているところであります。また、毎年ウエートを見直す連鎖基準方式を取っている国も多く見られたところです。 さらに、全ての国を調べ切れていませんので資料にはしなかったわけですが、ウエートをどのような統計から作成するかということについても違いが確認できたところであります。ちょっと御紹介いたしますと、日本のCPIは家計調査の2人以上世帯の消費バスケットにおいてウエートを設定しているのに対して、GDPデフレーターのほうは、SNA統計の中で推計しました単身世帯も含む全世帯の消費バスケットでウエートを設定しているところであります。 他国を調べてみますと、例えばイギリスやフランスなどヨーロッパ諸国では、CPIのウエートをGDP統計に合わせて設定している国も多くあったところでありまして、こういったCPIの作成方法は国によって違いが見られますので、それがCPIとGDPデフレーターの差に影響している可能性があると考えております。」(佐藤数理課長の発言。第3回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会 議事録

*8:仮に先生方からお返事がなかったとしても、人の時間は有限ですし、Xの投稿に対するあらゆる質問にいちいちお答えする義務はありません。見落としていることもあるでしょう。面倒なレッテル貼りや陳腐な質問、攻撃的な態度の相手に返信するのは誰だって疲れます。時間は効率的に使うものです。

*9:なぜ生産性が伸びても「賃金」があがらないのか…?若者を搾取する「日本資本主義の魔物」の正体(原田 泰) | マネー現代 | 講談社

*10:なぜ生産性が伸びても「賃金」があがらないのか…?若者を搾取する「日本資本主義の魔物」の正体(原田 泰) - 2ページ目 | マネー現代 | 講談社

*11:なお、余談ですが、「雇用者報酬でやれば下の図で言う雇主の社会負担と税・補助金が消えて格差は縮小するが、この2つは社会保障費に使われ可処分所得を落としていない」というご見解にはかなり驚きました。百歩譲って「社会保険料は保険であり将来戻ってくるから税ではなく負担ではない」という意見ならまだしもわかりますが(ただし支持はできませんが。これは雇主の提供する自発的に加入する企業年金には当てはまっても、強制的な賦課方式の現行の社会保障制度には当てはまりません。少なくとも社会保険料が現在の可処分所得を減らす負担であるのは定義上当たり前です)、税・補助金社会保障費に使われるから「可処分所得を落とさない」というのはかなり驚くべき主張です。そうであれば、いくら増税しても可処分所得は変わらない!という結論になります。税・補助金が全て社会保障費に使われているわけではないのは当然ですし、可処分所得というのはそもそも収入から税や社会保険料等を差し引いた残りですから、これは定義上あり得ない話です。

新年のご挨拶

 新年あけましておめでとうございます。本年もどうかよろしくお願いいたします。 昨年も本当にたくさんの方にお世話になりました。お世話になった先生方、様々なイベントに来てくださった皆様、読者の皆様に心より御礼申し上げます。

昨年は世界も日本も激動の一年でした。世界でも日本でも、左右の権威主義が猛威を振るい自由主義社会を脅かしている昨今ですが、左の共産主義であれ、右の国家主義であれ、たとえ最新流行の装いをしていても、その実態は、過去の破綻した思想の焼き直しに過ぎません。自由主義は依然として最良の選択肢です。

昨年はあまりブログ記事を掲載できませんでしたが、今年は昨年よりも少し投稿を増やすつもりでおります。自由市場経済の大切さ、経済史から得られる歴史の教訓、社会主義国家主義の危険性等を今年も地道に訴えていきたいと思っています。

当ブログをいつも愛読してくださっている読者の皆様、昨年に引き続き、今年もどうかよろしくお願いいたします。

皆様にとって今年が良い一年でありますように。

良いお年を!

皆様、いよいよ2025年も今日で終わりですね。今年は慌ただしくあまり体調もすぐれなかったこともあって、私自身は大したことができない一年になってしまいましたが*1、今年は日本でも世界でも大きな動きがありました。主なニュースとしては、トランプ政権誕生、トランプ関税の発動による世界経済の混乱、参議院選挙等での極右政党の伸長、高市政権誕生、台湾有事をめぐる日中関係の緊張、日銀の利上げ等があげられるでしょうが、経済面では米価高騰と貿易の混乱が続く、逆風続きの一年だったといえそうです。

世界的な潮流と言えますが、今年は排外主義的な陰謀論が猛威を振るった一年として記憶される年になるでしょう。1月に発足したトランプ政権は大統領令を乱発しながら矢継ぎ早に新しい政策を打ち出してきましたが、4月の相互関税発動は自由貿易体制を揺るがす大事件で、大きな衝撃を与えました。米国経済にも大混乱を招いたこともあって、その後トランプは関税の規模を縮小したものの、トランプ政権の予測不可能な行動には今後も強い警戒が必要です。

第一次政権では経済重視に見えたトランプ政権が米国経済にとっても不合理な関税を打ち出したことは驚きをもって迎えられましたが、ペンス副大統領をはじめとする伝統的な共和党保守派とMAGAの連立政権と言えた第一次トランプ政権と、アメリカ・ファーストを唱える新右翼を中核とする第二次トランプ政権は全く別の政権というべきです。トランプ政権の優先課題は文化戦争であり、関税は移民排斥*2同様、反グローバル化の象徴であり、経済合理性とは関係ない話です。関税はその意味でトランプ政権にとって手段というより目的であり、そう簡単にあきらめることはないはずです。

反対派メディアの報道の妨害、不都合な統計を公表した労働省統計局長の解任、FRBの独立性を脅かす露骨な介入、移民関税執行局(ICE)による超法規的な捜査と人権侵害、裁判所に対する圧力など、トランプ政権の政権運営は明らかに権威主義的な特徴を帯びています。関税をめぐる混乱から言ってもトランプ政権を有能な政権というのは無理がありますし、米国の民主主義にとって憂慮すべき事態が進行しているのは否定しがたいと思います。減税など評価できる政策もないとはいいませんが、長期的にはトランプ政権のようなポピュリズムと恣意的な行政は米国の制度的安定を脅かし、大きな政府につながっていくことになるでしょう*3

長らく安定していて、ポピュリズムとは無縁と思われてきた日本も今年は大きな変動がありました。参議院選挙で参政党をはじめとする極右政党が大きく伸長したことが話題になりました。地方選挙でも極右的な候補者が支持を伸ばし、各地で排外主義的なデモが相次ぐなど、今年は主にネットの中の存在だった排外主義がいよいよ現実の世界にも出てきた一年でした。幸いまだ死者が出るような事件は起きていませんが、デマ情報をもとに、外国人を非人間化し激しく攻撃する風潮はこのままいけば恐ろしい事態につながりかねません。

衆議院選に続いて参議院選に敗れた石破首相は退陣し、自民党総裁選に勝利した高市氏が首相になりましたが、高市政権発足後、極右政党の支持はやや下がっています。高市氏自身が総裁選では排外主義に迎合する発言を繰り返していましたから手放しでは喜べませんが*4、証拠に基づかない排外主義的な感情論に流された政策は結局は日本経済を害することになり誰のためにもなりません*5。現実的な政策をとってくれることを期待したいと思います。

移民政策や選択的夫婦別姓等に関しては大きく意見が異なりますが、アベノミクスを継承するという高市政権の基本的なスタンスに私は反対ではありません。ただ、残念なのは高市政権が現実にやっている政策はアベノミクスと大きく逆行している点です*6増税に頼らないと高市首相は言っていたはずですが、早速、防衛増税が決まり、金融所得課税や出国税増税も検討しているというのはおかしな話です。防衛増税で検討されている法人税増税は、安倍政権が引き下げた世界最高水準の法人税民主党時代のような状態に戻すアンチビジネスの政策です。高市政権はアベノミクスの何を継承したいのでしょうか。

日本経済には大胆な成長投資が必要という高市首相の持論は全くもっともです。日本には確かに投資が不足しています。しかし、その投資を政府主導の産業政策でやるというのはいただけません。産業政策は失敗の歴史です。かつて安倍元首相は「成長戦略の一丁目一番地は規制改革」だと述べましたが、サナエノミクスにはアベノミクスの第三の矢である民間投資を喚起する成長戦略、規制改革が不在です*7増税と規制強化では日本経済の再生はおぼつかないでしょう。高市首相にはアベノミクスをしっかり継承し、安倍元首相も果たせなかった岩盤規制打破、大胆な減税を断行してほしいと思います。

12月末には日銀が利上げを実施し、政策金利は0.75%に上昇しました。物価が米価以外は(輸入物価も含めて)極めて落ち着いている上に、7-9月のマイナス成長が発表された直後としては異例の措置ですが、年明け以降も日銀は利上げ路線を継続する見通しです。少々強気すぎないか懸念されるところです。経済情勢に合わせた調整は自然なことですが、拙速な引き締めでアベノミクスの第一の矢である金融緩和が揺らげば、サナエノミクスの成功はおぼつかないでしょう。相変わらず、金融政策決定会合前であるにもかかわらず、利上げの決定が事前に報道され、あろうことか財務大臣がその報道を事実上肯定してしまうなど情報管理の面でも失格としか言いようがない失態が相次ぎました。特にこれは経済安全保障を掲げる政権としてはあってはならないことです。与野党問わず、国会議員は重箱の隅をつつくような質疑に時間を空費するのではなく、日銀の情報管理の問題を徹底的に追及してほしいものです。

陰謀論の台頭、国際情勢の緊迫化で、自由主義的な秩序が内外で揺らいでいる昨今ですが、現在の混乱は決して自由主義の失敗ではありません。むしろ自由主義から世界が遠ざかり、自由市場の原則を放棄していることからきています。例えば、身近な話題ですが、米価高騰にしても、農業保護主義農水省の需要予測に基づく生産調整という統制経済の失敗がもたらしたものです。反グローバリズム国家社会主義の道は破滅への道でしかありません。2025年の締めくくりとしてはずいぶん重い話題が続いてしまいましたが、2026年は明るい一年となることを祈りたいものです。

読者の皆様,今年も大変お世話になりました。2026年が皆様にとって素晴らしい一年となりますように。2026年も自由の灯火を高く掲げていきましょう!それでは、良いお年を!

*1:前半は主に体調の問題で、後半は単純に忙しかったせいです。特に3月頃はイベントや書評のご依頼などお引き受けしていながら、お断りせざるをえずご迷惑をおかけしてしまった皆様に心よりお詫び申し上げたいと思います。

*2:トランプ政権発足以降、移民関税執行局(ICE)によるレイシャル・プロファイリングに基づく捜査、令状なしの逮捕、米国市民を誤って強制送還するなどの人権侵害が大きな問題になっていますが、非正規移民大量強制送還は農業や建設業の労働力不足を招き、米国のインフレ率の高止まり要因になっています。

*3:そもそもトランプ関税が自由貿易に真っ向から反する措置なのは言うまでもありません。その他にも、インテルの株式取得、医薬品価格への介入等のトランプ政権の政策は自由主義というよりは社会主義で、従来の共和党の路線からは大きく逸脱するものです。イーロン・マスク氏を招いて鳴り物入りの宣伝で設立されたDOGEは結局、マスク氏とトランプ大統領の対立で大きな混乱を招いた末に解体されました。米国経済の未来はあまり明るいものになりそうではありません。

トランプ政権の同盟国やウクライナ戦争へのコミットメントが揺らいでいる点も懸念されることです。米国が孤立主義に傾き過ぎないよう日米欧の関係を密にしていく必要があるでしょう。

*4:高市氏は政策重視の発言をされる方だと思っていましたから、奈良の鹿を外国人が虐待しているといった根拠の乏しい話を総裁選の演説会で話したのには失望しました。時間が限られている中でローカルな話題を話すのもどうかと思いますが、そもそも鹿を虐待する人は日本人でも外国人でも極めて少数で、国籍は無関係です。実際に事件は殆ど起きておらず、過去に逮捕された人物はいますが、日本人です(戯れ一転、頭突きに激怒 奈良の鹿死なせた罪、男に求刑 [奈良県]:朝日新聞)。殊更に外国人への偏見を煽るような話をするのはいかがなものでしょうか。一部の排外主義的ユーチューバーが騒いでいる根拠の不確かな話、しかも一部は捏造の疑いが濃厚な話を取り上げたのは極右に迎合したといわれても仕方ありません。高市氏は「外国人を逮捕しても通訳の手配が間に合わず、不起訴にせざるを得ない」といった発言もしていますが、これも完全にデマです(「通訳が間に合わず不起訴」 高市氏の発言、捜査の現場はどうみたか [高市早苗首相 自民党総裁]:朝日新聞)。

*5:参政党の外国人排斥、専業主婦優遇政策、極端に規模の大きい150兆円の国債発行による財政政策、保護主義、郵政などの再国有化、農家の公務員化等の国家社会主義的政策の問題点についてはXやYoutubeのチャンネルくららの番組などでも指摘されていただいていますが、近いうちにまとめたいと思っています。

*6:なお、極右の方々はなぜか安倍元首相が好きですが、そもそも観光客を受け入れ、移民受け入れを大幅に増やしたのは安倍政権でしたし、女性活躍を掲げて女性の雇用を大きく拡大したのも安倍政権です。ヘイトスピーチ解消法を制定したのも安倍政権です。

*7:ただし、「日本成長戦略本部」では減価償却費の一括計上を認める税制改正など民間投資を増やす減税が議論されており、これは歓迎すべきことです。産業政策ではなく大胆な減税と規制改革こそ、大胆な成長投資を成功させる鍵です。

書評掲載(11/4)『経済とイデオロギーが引き起こす戦争』

大変ご紹介が遅くなりましたが、この度、岩田規久男先生の『経済とイデオロギーが引き起こす戦争』の書評を『週刊金融財政事情』2025年11月4日号に掲載していただきました。是非ご一読いただければ幸いです。オンラインでは有料ですが読めますので、ご関心のある方はこちらからどうぞ。

『経済とイデオロギーが引き起こす戦争』 | きんざいOnline

2025年は戦後80年の節目の年でしたが、何故、日本が悲惨な戦争に向かっていったのか、日米開戦は果たして避けられないことだったのか等、戦争と経済に関するこれまでの常識を覆す素晴らしい研究です。

戦争の研究書といえば、政治学などの観点から開戦に至る経緯を分析した本や軍事戦略を分析した本が中心で、経済学的なアプローチの研究は多くはありません*1。本書は戦争が起きる原因を、経済的利益と戦争を支持するイデオロギーから説明しています。

第一次世界大戦に民衆が熱狂した理由、プーチンの戦争をどう読み解くべきか等、世界的に地政学的な緊張が高まっている今だからこそ知りたい話題を、著者ならではのデータに基づく経済学的分析で鮮やかに読み解いています。本書の白眉は、しばしば誤解されがちなハルノートの実際の意味を丁寧に分析し、日米開戦の謎を扱った第3部でしょう。本書の分析は、1920年代に早くも日米衝突の危険を予想し、植民地を放棄し貿易立国を目指すことこそ日本の繁栄の道だと喝破していた石橋湛山の分析を現代によみがえらせるものです。

なお、『経済とイデオロギーが引き起こす戦争』の書評は、すでに田中秀臣先生吉松崇先生原田泰先生鈴木亘先生等の素晴らしい書評が出ていますのでそちらも是非ご覧ください。今年のベスト経済書に自信をもって推薦したい一冊です。年末年始の読書に是非ご一読ください。

*1:例外は、戦争のもたらす経済的影響などを分析したポール・ポースト『戦争の経済学』や、ゲーム理論的に戦争を交渉の決裂として分析しているクリストファー・ブラットマン『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』などがありますが、本書の視点はそれらとも全く異なる新しいものです

イベント開催告知:経済学で世界を読む

皆様、あわただしく最近全然書いていなくてごめんなさい。すっかり秋ですね。

高崎商科大学にて、次のイベントを開催中です。

経済学で世界を読む:高崎商科大学・高崎商科大学短期大学部

トランプ大統領の関税政策の行方は?米価は何故高騰するのか?財政は大丈夫なのか?豊かな社会をつくるにはどうすれば良いのか。話題のニュースを経済学で読み解きます。
※3回連続講座になります

日程・時間    
第1回:11月8日(土)15時~16時40分
第2回:11月15日(土)15時~16時40分
第3回:11月29日(土)15時~16時40分

場所    
第1回・第2回:高崎商科大学 421教室
第3回:高崎商科大学 221教室

御関心のある方はぜひご参加いただければ幸いです。以下から申込できます。どうかよろしくお願いいたします。

経済学で世界を読む:高崎商科大学・高崎商科大学短期大学部

 

石破首相退陣

9月7日、石破首相がついに辞任を表明しました。参議院選の大敗後も退陣せずこのまま続けるつもりなのかと思いましたが、最後は総裁選実施を求める声を抑えられず、側近にも退陣を促され、公明党にも解散を牽制されるなど四面楚歌の状態になり、意外にあっけない終わり方でした。

参議院選直後から「石破やめるな」の声が盛り上がり、一部の有識者(石破政権に好意的な人が多かったですが)は、「石破退陣なら経済大混乱」と主張していました。仮に石破首相が退陣になれば、積極財政派の高市氏や減税を掲げる茂木氏等が後任になる可能性が高まり財政が混乱すると予想され円安と株価の暴落が起きるというのです*1

が、実際にふたを開けてみると、7日の石破首相の突然の退陣表明でも、翌8日の株式市場は殆ど無風で、むしろ上昇したくらいでした。為替市場や債券市場の動きも小幅な値動きで、海外要因で説明可能な部分も大きく、これといった「石破ショック」は起きませんでした。石破首相にやめてほしくないという願いはわかりますが、願望と予測は区別しなくてはいけません。

今後誰に首相が交代したとしても衆参両院で自公過半数割れなので野党との協力が前提ですし、反対の多い政策を進めるのは困難です。ですから、仮に積極財政派の政権が出来ても行き過ぎた財政拡大のリスクは極めて低いでしょう*2。小泉氏や林氏などが就任すれば経済政策は殆ど変わらないでしょうし、大きな政策転換はありそうにありません。どう転んだとしても、選挙に大敗し政策を前に進めるのが困難な石破政権よりもマシになるだろうという読みは経済政策に限っては正しいでしょう。市場の反応が無風なのはもっともな話だと言えます。

自民党総裁選では、早速何人か有力候補の名前が挙がっており、支持者から強く期待されている候補もいます。しかし、仮に彼らが運よく当選しても大胆な政策転換は困難で、おそらく支持者を失望させる結果に終わりそうです。自公連立と野党の一部の協力という現在の枠組みを大きく転換できるほど政治力のあり、党内基盤が強い候補者がいるようには見えません。規制改革や減税に前向きな政権が実現すれば、野党との協力で多少の前進は可能でしょうし、野党の関心が低い話題(日銀人事等)では多少は独自色を発揮する余地もあると思いますが、その可能性は極めて低そうです。

どの派閥が勝っても、石破政権もそうだったように、選択的夫婦別姓などの社会政策面では党内分裂を恐れ現状維持を選ぶ可能性が高いでしょう。今回の参議院選挙では、残念なことに殆どの党(石破自民党含む)が多かれ少なかれ右寄りの公約を掲げたので、移民政策では多少の右傾化が進むのは確実と思いますが、それも石破政権の継続にすぎず極端な政策転換はないでしょう。言い換えれば、政治的な混乱の時代は当面続くでしょう。

石破氏と言えば、安倍元首相のライバルとして知られてきた方でしたから、就任当初は大きな政策転換があるのではないかと予想されましたが、実際には石破首相は持論の大半を封印し、従来の政策を踏襲する場合が殆どでした。安全保障政策では持論のアジア版NATOをすぐに引っ込めて従来の路線を踏襲しましたし、他の分野に関しても独自色は乏しかったと言えそうです。率直に言って、そこまで執念を持ってやり遂げたい政策がなかったのではないかと思わざるをえません。

経済政策に関しては反アベノミクスの急先鋒とみられていた石破首相の就任には強い警戒感がありましたが、自民党総裁就任早々、市場の混乱が起き、石破首相は慌てて軌道修正してアベノミクスを形の上では受け入れたため*3、少なくとも極端な混乱は起きませんでした。その点は思ったよりは良かったと思います*4

経済に関して石破政権の最大の難問は、トランプ政権との関税交渉でした。特に右派の皆さんの間では石破政権の対応の稚拙さを批判する声が多いようですが、正直なところ、交渉難航を石破政権の無能さだけに帰するのは酷でしょう。石破政権を擁護する気は全くないですが、そもそも貿易赤字は悪という米国の重商主義的思い込みに基づく要求がナンセンスなのであって、それに対応するのは誰が首相でも難しかったはずです*5。極端な関税をかけられる結果にはならず、少なくとも最悪の結果は避けられたことは良しとすべきでしょう。合意文書を交わさなかったことが批判を浴びましたが、実のところ、トランプ政権は文書を交わした国とももめていますし、これは日本側の問題というより主に向こうの事務処理能力の問題でしょう。関税交渉を過度な政権批判に結び付ける論調は疑問です。関税交渉に関して一定の評価はできるのではないでしょうか*6

とはいえ、失礼にもギリシャ*7を持ち出して財政危機を叫ぶかと思えば給付金バラマキを約束するなど政策は二転三転し*8、なぜか減税に否定的だったという一点を除けば、石破政権の経済政策には殆ど一貫性がありませんでした。米価高騰にも備蓄米放出というその場しのぎの対策しか打ち出せず、食料エネルギー価格高騰への不満を抑えられなかったのは明らかに今回の選挙での大敗の主な原因でしょう。石破政権に好意的な識者には裏金問題への逆風を選挙の敗因に挙げる方が多いようですが、出口調査では、「物価高対策・経済政策」を最も重視した有権者が約半分であるのに対し、裏金問題など「政治改革」を最も重視したと答えた有権者は5%に満たない数です*9。やはり今回の選挙結果は石破政権自ら招いたものというしかなさそうです*10

全体として、石破政権を高く評価するのは難しいでしょう。結局、首相として石破氏が何をしたいのかは残念ながら最後までわかりませんでした。石破首相は首相就任前は、どちらかと言えばリベラルな政策を支持する方とみられていましたが、党内分裂を避けて選択的夫婦別姓同性婚死刑廃止などの課題に取り組むことはありませんでした*11。そればかりか、参議院選挙戦中は、参政党の支持の高まりで外国人叩きがうけると判断したのか、「違法外国人ゼロ」を公約にし*12入管法改正後の厳格な取り締まりを誇示したり*13、外国人の土地取得規制を検討するとしたり*14、次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)の国籍要件見直し、経営・管理ビザの見直しなどの右寄りの政策を採用しました。石破首相は安倍政権の頃は安倍元首相に対抗して左派的主張をしていましたが、首相としては安倍政権よりむしろ内向きで右派的な政策を進めたとすら言えます。石破首相個人には信念があったのかもしれませんが、実際にやった政策から評価すれば、残念ながら、石破政権には明確な原則が欠けており成果は乏しかったと言わざるを得ません。安倍元首相がよく言っていた通り、やはり政治は結果なのです。

*1:市場の動きを素直に解釈するなら、積極的な財政政策の可能性はむしろ歓迎されているように見えます。

*2:むしろちょうどよい景気刺激策を実施するプラス面の方が大きいのではないかと思います。

*3:アベノミクスをなし崩し的に放棄していく路線は岸田政権から継続していますが。

*4:ただし、あくまで当初思ったよりは良かったというだけですが。

*5:米価が高騰している状況で備蓄米も放出しているのに、農業分野の思い切った輸入拡大(これは消費者のためにも日本全体の利益にもなる)を交渉カードとしてうまく使えず、極めて不明確な内容の合意を約束させられたのは確かに上出来ではないでしょうが、これは他の国にも言えることで特に石破政権特有の問題ではありません。

*6:極右の陰謀論者がとても聞いていられないような人格攻撃をやったり、どうでもいいマナーを批判したりデマに基づいて石破政権を攻撃したりしたのにはうんざりしましたが、率直に言って、石破首相は彼らよりはずっとましで常識ある人だと思います。なお、私は個人的に別に石破氏の人格をどうだとかどうでもいいことを偉そうに言うつもりはありませんし、そもそも別に石破首相個人について何も思うところはありません。私が論評する資格があるとも思いません。そういうことは他人を罵倒して論評する資格を持つ立派な人格の偉い方々がやるでしょう。ここでの評価はあくまで政権の政策への評価です。

*7:ギリシャは2010年代の財政危機を現在は克服していますし、今更過去の経済危機を持ち出されるなんて風評被害もよいところです。

*8:例えば、財政に関する方針は「日本の財政状況は間違いなく極めてよろしくない、ギリシャよりもよろしくない状況だ」(石破首相発言、5月19日)、「市場の信認を維持しなければならない。財政の持続可能性への強い意思を示すのは必要だ」(石破首相発言、6月9日)などと言っておいて、自民党公約では「物価高騰下の暮らしを支えるため、税収の上振れなどを活用し、子供や住民税非課税世帯の大人の方々には一人4万円、その他の方々には一人2万円を給付します。」(自民党公約6月19日公表)と宣言し、選挙後は結局実施しない方針になるなど何の一貫性もありません。他の何であれ石破政権の打ち出した経済政策の方針を順番に並べてみれば同じような結果になるでしょう。政策によっては少数与党なので妥協も必要だったという事情から情状酌量の余地はありますが、それだけでは弁護しがたいような方針転換(例えば当初の方針が選挙対策などで一変する等)も目立ちました。

*9:参議院選挙:政策「物価高」最重視 46%…社会保障・少子化 続く : 読売新聞 全国|出口調査|zero選挙2025(参議院選挙)|日本テレビ

*10:なお、石破首相は退陣表明の記者会見で最低賃金の過去最大の引き上げを実現したことを実績に挙げていましたが(【詳しく】石破首相 辞任を表明 “決定的な分断を生みかねず苦渋の決断” 自民党の総裁選挙には立候補せず | NHK | 自民党総裁選)、インフレを背景にしているので実質的には多少影響は軽減されるとはいえ、6.3%にもなる大幅な賃上げは中小企業の倒産や未熟練労働者の失業につながるリスクが高い政策であり、評価するのは難しいと思います。今後の景気次第ではかなり問題の多い措置です。

*11:これは石破政権に多少期待していたことでしたが、極めて残念でした。

*12:自民党は「一部の犯罪者を批判しただけで外国人差別を煽っているわけではない」というでしょうが、「違法日本人ゼロ」というスローガンを掲げる政党があったとしたらそれが差別的なのは誰でもわかるはずです。「違法行為をする一部の人だけを非難してます。差別の意図はないです」なんて言って通用するでしょうか?

*13:例えば、こちらの動画。改正入管法の問題点については例えば橋本直子『何故難民を受け入れるのか』岩波新書, 179-180等参照.不法滞在者ゼロプランへの批判は、日本:「入管ゼロプラン」に反対し、外国人を排除しない、国際人権法に基づく共生のための制度改革を求める : アムネスティ日本 AMNESTY日本弁護士連合会:国際人権法に反する「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」に反対する会長声明等を参照。

*14:実態把握や事前許可制、投機目的に「空室税」検討…外資の不動産取得規制、参院選で議論に - 産経ニュース

米山先生のお返事&財政に関する雑感

前回の記事の続きですが、Xのやり取りで米山先生よりお返事をいただきましたので、こちらにまとめておきます*1

Xでのやり取りのまとめ

前回の記事で書いたような米山先生の投稿への私の反論*2に対して米山先生からは以下のお返事をいただきました。

お言葉ですが、下線部のような説明は不正確で、カッコ内の青線の部分と赤線の部分が同じ意味であるかのような誤解を与えます。ご指摘の通り、税収がgで増えるケースでPB対GDP比が一定になるのは、税収だけでなく歳出もgで増える場合ですから、歳出の方の前提を抜かした説明は不正確です*3

出所:米山先生のX投稿

「税収の上振れを減税してしまうと、歳出の増加によってPB赤字がg以上に拡大してしまい発散してしまいます」とおっしゃいますが、それは「歳出を抑制せずgで(無限に)増やしていく前提」ならばです。PB赤字対GDP比が発散しない組み合わせは税収も歳出もgで増えていくケース以外にもあり得ます*4

玉木氏は来年度以降のプライマリーバランス黒字の一部の減税を目指しているようですが、それで債務残高が発散するという批判は大げさで妥当ではありません。減税の効果や財政規律や財政見通しの正確さなどは議論がありますが、ご批判は飛躍し過ぎていると思います*5

このように指摘したところ、私の投稿に対する米山先生からの回答は以下の通りでした。税収だけでなく、歳出もgで増えるという条件を書かなかったのはXの字数制限の都合であるとのことです。

ですが、これは文字数で割愛するにしては重大すぎる前提で、できれば丁寧に書いていただきたいと思います。肝心な前提条件を述べずに、税収上振れを減税すると債務が発散するといった警告をするのは大げさで少々ミスリーディングです*6

玉木氏の主張に矛盾があるというご見解ですが、出典と証拠を提示していただかないことには、私には何とも言えません。明確な証拠なしに議論するのは印象操作でしかないでしょう。そもそも私は別に特定政党の支持者ではないので何かご批判があるようでしたら、玉木氏本人に直接言ってください*7

やり取りを終えた感想

Xでのやり取りは以上です。少々専門的でわかりにくかったかもしれませんが、一連のやり取りで、米山先生の意図は明確になりました。要するに経済成長による増収分を減税すると財政が破綻するという米山先生の主張は、歳出を抑制せず名目経済成長率と同じスピードで増やしていくならばそうなるという条件付きのものだったわけです。

こうした主張には2つの問題があります。第一に、米山先生の仮定したような歳出の膨張を放置して減税を繰り返すような政策をとり続ければ確かにいつかは財政破綻するのは事実ですが、そもそも相手が受け入れてもいない前提を明示的に示さずに設定して置いて、「そんなことをすれば財政破綻する」と批判するのはおかしいと思います。歳出を全く抑制しない前提を置いた議論であることを明記せずに、減税すれば財政が破綻することが証明されているかのような主張をするのは不当ではないでしょうか。

米山先生の意図がどうであれ、問題の表現が不正確なことに変わりはありません。そもそも税収も政府支出もgで増えるというのは、単にプライマリーバランス赤字の対GDP比が一定になる状況の特殊ケースに過ぎません。税収だけでなく、「政府支出もgで増える」という肝心な前提を「割愛」してしまうと、この条件は全く意味をなさないものになります。当然ですが、税収が経済成長率gで増え続けなければならず税収上振れ分の減税ができないなどという結論は決して出てこないのです*8

2つ目の問題ですが、現在の日本経済が財政赤字が発散経路に入ってしまう可能性は極めて低く、税収の上振れ分の減税が財政破綻を招くといった主張には根拠が薄弱です。政府債務残高の対GDP比はネットでみてもグロスでみてもアベノミクス以降は安定しており、どうみても債務が爆発的に増加して発散しつつある状況とは言えません。コロナ禍で一時的に悪化したもののそれ以降は大きく改善しており、2024年現在、純債務残高の対GDP比はピークの2020年から27.3%ポイント改善し、134.6%となっています。これは2011年以来最も良い数字です。債務残高の数字が高いのは事実ですが、現状が危機的かといえば、明らかに数年前よりむしろ良くなっているという方が正確です。

出所:IMF

アベノミクス以降、コロナ禍の短期間を除き、近年の日本では名目経済成長率>名目利子率の状態が成立しています*9。これは直近でも変わりません。池田信夫先生は「今は「経済成長率<利子率」なんだよ。意味わかるか?」 などとおっしゃっていますが、これは現実の数字を見ずに印象論で書いている誤った主張です。日本の名目経済成長率は2024年度3.7%、2025年4-6月は前年同期比4.7%(前期比年率6.6%)ですが*10、2024年度の国債金利加重平均値は0.83%、直近の10年物国債金利は1.59%、40年物国債ですら金利は3.38%です*11。ここ最近金利は上昇していますが、これによる利払い費増加は新規国債・借換国債の分だけで極めて限定的ですし、利払い費増加は穏やかものにとどまります*12

出所:内閣府財務省*13

プライマリーバランスGDP比もコロナ禍で一時的に悪化した時期はありましたが、それを除けばアベノミクス以降の名目成長率の回復と税収の増加で改善傾向が続いています。2012年度には-5.4%だったのが2024年度には-1.2%まで低下しました。今年度も改善傾向は続いており内閣府の中長期の経済財政に関する試算(2025年8月)の試算では-0.5%となる見通しで、来年以降は黒字転換が予想されています。この見通しの妥当性にはもちろん議論の余地がありますが、大幅な悪化が起きるような状況は想定しにくいといえます*14

市場の評価を見ても、日本国債金利は主要国では極めて低いですし、よく使われるデフォルト・リスクの指標としてCDS*15の5年物国債の保証料を見ると*16、日本国債の保証料は米国よりも低く、ドイツ、スイス、オーストラリア等には及びませんが、英国や韓国と同水準で極めて信用度が高いと言えます。しかもアベノミクス以降、CDSの保証料は明確な低下傾向にあります*17

要するに、現在の日本は、債務残高対GDP比は急速に低下しプライマリーバランス赤字対GDP比も縮小しており、名目経済成長率>名目利子率が成り立っている状況で、市場からも破綻リスクは極めて低いと評価されている国です。いま議論されている政治的に実現可能性が高い減税はせいぜい数兆~10兆円程度の(多くは恒久的ですらない)減税ですから、その程度の減税で財政が持続不可能になり債務残高が発散するという議論はあまりにも現実離れしています。もちろん、中には極端な規模の減税や財政拡大を主張をする人がいるのは事実ですが*18、減税を求める声を全て一緒くたにしてトンデモ経済学扱いするのは建設的姿勢ではないと思います。根拠の乏しい極端な財政破綻論もやはりトンデモ経済学の一種であることには変わりありません。

どういうわけか、昨今では減税を求めるのは愚かで無責任ということになっているようですが、それは根拠に乏しい主張です。このところ、日本では税収の伸び率が経済成長率よりも高い状況が続いていました。つまり、米山先生の仮定しているように「経済成長に伴い税収もgで増える」どころか、それ以上に増えていたわけです。例えばコロナ禍前の2019年から2024年までに一般政府歳入は17.7%増加していますが(一般会計税収は2019-2024年度に28.7%増加)、この間に名目GDPは9%しか伸びていません*19。景気回復の恩恵が実感できず不満を持つ人がいるのは理解できることでしょう。政治家の方には減税を求める国民の声を聞き、すぐに無知とか愚かである等と馬鹿にせず、真摯に向き合っていただきたいと思います。

*1:原則として、元の投稿を引用。

*2:やり取りはXでの投稿の形をとりましたが、私の2025年9月7日の米山先生への質問の投稿((1)(2)(3)(4))は、基本的に前回の記事と同様の内容です。煩雑になるのでここには掲載しませんが、リンクを張っておきます。

*3:私の2025年9月7日のX投稿(5)

*4:私の2025年9月7日のX投稿(6) 赤字部分は本ブログうでの掲載に当たり強調で色を変えています(以下赤字部分については同様).

*5:私の2025年9月7日のX投稿(7)

*6:私の2025年9月7日のX投稿(8) ブログでの掲載に当たっては、冒頭の挨拶(「ありがとうございます」)を省略。

*7:私の2025年9月7日のX投稿(9)

*8:また、これも当たり前ですが、短期的に景気対策等でプライマリーバランスの対GDP比が拡大する場合はあり得ます(むしろ拡大しなければその国の経済運営はどこかおかしい可能性が高いでしょう)。長期的に一定に収まっていればいいわけで、短期的な変動を過度に問題にする必要はありません。

*9:リフレ政策が財政改善に寄与している点については、ベン・ S ・バーナンキ(2017)「日本の金融政策に関する一考察」『金融研究』第36巻第4号,及び,アタナシオス・オルファニデス(2017)「中央銀行独立性の境界:非伝統的な時局からの教訓」『金融研究』 第37巻第4号を参照.

*10:9月8日発表の四半期別GDP速報の2025年4-6月期2次速報値の数字による。Xでの投稿では第二次速報値は発表前だったので第一次速報値を使っていましたが、第二次速報では値がやや上方修正されています。

*11:国債金利情報 (令和7年9月)9月5日現在.

*12:一部で過去の国債のすべての金利が一気に上昇すると誤解しているように見える意見を見かけますが、そうではありません。

*13:1995年以降の名目経済成長率は内閣府「国民経済計算」四半期別GDP速報(2025年4-6月期2次速報値(2015年(平成27年)基準),それ以前は2015年(平成27年)基準支出側GDP系列簡易遡及(1980年~1993年)の系列を使用.名目利子率は、財務省国債等関係諸資料」普通国債の利率加重平均.

*14:ここでは詳述しませんが、インフレ率や需給ギャップなどを見ても日本経済が極端に過熱している状況であるとは言えませんし(日銀の需給ギャップは依然として小幅なマイナス)、インフレは食料価格高騰による一時的要因が大きいと言えます。インフレの先行指標の一つであるマネーストックは最近の金融引き締めを反映してM2は前年同月比1%、M3は0.6%と、リーマンショック直前の2006-2007年と同程度の増加率です。利上げの効果は徐々に出てきていますし今後インフレ率がわずかな減税で急騰するといった状況は考えにくいと言えます。

*15:クレジット・デフォルト・スワップ。これはデフォルトが起きた場合の一種の保険で、保証期間の破綻確率が高いほど保証料が高くなります。

*16:世界クレジット・デフォルト・スワップ・レート(CDS) - Investing.com

*17:第二次安倍政権発足時(2012年12月)には80.51bptでしたが、2025年9月現在は19.11bptまで低下しています。既にみたように、アベノミクス以降債務は安定し経済成長が続く下でドーマー条件も満たされていますから、これは驚きではありません。

*18:これは参政党やれいわ新撰組などの極端な積極財政を念頭に置いて書いています。念のために明記しておきますが、私自身そういう人たちを強く批判しています。

*19:ここでは名目値を示していますが、この間、物価も上昇していますから実質ではさらに小さくなります。